10・27袴田事件第1回再審公判

 

20231027日、静岡地方裁判所では袴田事件の第1回公判がもたれた。地裁には280人ほどが傍聴を求めて集まり、入場券の抽選が行われた。傍聴できなかった人々は裁判所前で集会を開き、袴田さんの無罪を訴えた。また、昼には青葉公園で袴田再審裁判への支援を訴えた。公判後には報告集会がもたれた。

 清水で1966年にみそ製造会社で殺人事件があり、袴田巌さんの死刑が確定したのが1968年である。袴田さんは無罪を訴えてきたが、逮捕されてから57年、2014年に静岡地裁で再審決定がおりてから8年、やっと静岡地裁での再審がはじまった。

 今回の公判では、検察は袴田さんが犯人とし、みそ工場関係者であり、犯行が可能だったと陳述した。これに対し、弁護側は証拠はねつ造されている、裁かれるべきは検察や警察と反論した。

検察はこれまで採用していた検察官による1通の自白調書を使わないとした。警察による自白が強要されたものであり、検察によるものも信用性がないと認めたことになる。検察は侵入経路を説明できていない。凶器をクリ小刀としたがメッタ刺しにし、肋骨まで折るほどなのに刃こぼれがない。小刀は凶器ではない。小刀の鞘が雨合羽に入っていたというが、あとから入れられた可能性が高い。弁護側は、犯人は複数人であり、怨恨によるものであり、未明の犯罪ではないとした。雨合羽を着ての犯行ではなく、金袋も工場関係者に嫌疑を向けさせるためのもの、当初、犯行着衣とされたパジャマの血液も血痕はなく血液型鑑定はできないものとし、鑑定はねつ造とした。弁護団は焦点の5点の衣類の衣類もパジャマでは証拠が足りないために警察がねつ造したものとした。

法廷で、袴田巌さんに変わって袴田ひで子さんは次のように述べた。「19661115日、静岡地裁の初公判で弟・巌は無実を主張致しました。それから57年にわたって、紆余曲折、艱難辛苦がございました。本日再審公判で再び弟巌に代わりまして、無罪を主張致します。長き裁判で、裁判所、並びに弁護士及び検察庁の皆様方には大変お世話になりました。どうぞ弟巌に、真の自由をお与え下さいますよう、お願い申し上げます。」簡潔で、思いのこもった発言である。

裁判所前では支援者が袴田さんの無実をつぎのように訴えた。

「無罪は明らかである。再審法を作る第1ページの始まりとしたい。」「57年という長い時間がかかった。不都合な証拠はみせないという実態を変えたい。」「検察の有罪立証は不正義だ。横暴を許さない運動を。」「袴田さんの心を壊した責任を追及すべき。」「被告席には警察が座るべき。怒りを、怒りを、もっと怒りを。」「名張事件では新証拠があっても再審が棄却された。」「冤罪を作ったのは警察だが、関わった本人からの謝罪はない。許せない、それで人間かと思う。」「デンマークなど世界から袴田支援の署名が集まっている。」「浜松では見守り隊を作り、日常生活を支援している。袴田事件は小学生でも知っている。」「袴田さんは「事件などない」といった。そういうように無罪判決を勝ち取る状況となった。」「45通の自白調書で採用されたのは1通だけだ。犯行でつかわれたとされる小刀では肋骨は切断できない。裏木戸も閂がかかっていて通過できない。5点の衣類もねつ造だ。焼けたという紙幣も番号の部分が焼かれていて意図的だ。」

再審での焦点は犯行着衣とされた5点の衣類である。それが警察による証拠のねつ造とみられる。それだけではない。凶器とされたクリ小刀も盗んだとされる紙幣もねつ造とみられる。袴田事件は権力犯罪だったのである。まさに裁かれるべきは自白を強要し、証拠をねつ造した警察、それを認定した検察、裁判所、それを流布したメディアである。       (T)