「記憶の社会化」  ナカムラマサシ展によせて

                                                                          (竹内)

ナカムラさんから「個展をひらくのだが、『記憶の社会化』というテーマで話してほしい」という依頼を受けました。以前空港建設現場での立ち話で、ベルリンの街で見た戦争加害の記憶の街頭表現について話したことが、きっかけになったのだと思います。どう展開しようかとCAVEにおかれていた批評集などを読んでいたら、以下の10項目につながる言葉がありました。そこで「CAVEについての10章」という形にまとめ、写真を示しながら話すことにしました。では、本題に入ります。

1 協働する身体の表現

ベルリンのハンブルカー通りにはナチによって連行され殺された人の名を刻んだプレートがはめ込まれていました。知られることなく踏まれれば踏まれるほど、その金属板は輝きを増すようになっています。テロルの中心地だったナチの国家保安本部跡はその犯罪を示す屋外展示場となっています。屋外での展示表現への工夫が随所にあり、展示形態や内容から、表現の協働にむけての蓄積や、密室化された展示ではなく解放された展示表現のあり方について考えさせられました。

2 記憶の再生 

戦争死者の尊厳の回復に向けての作品をみてみます。ベルリンフィルの建物の前に、ナチによるT4作戦による「安楽死」者を追悼するオブジェがあります。追悼プレートも地面に埋め込まれていました。また、強制収容所のひとつであるハノーファー郊外のベルゲンベル収容所には「ここに1000人が眠る」といった墳墓が各所にありました。墳墓の群れに圧倒されました。記憶の社会化にむけて、加害による死者の歴史を語り継ぐものが各地に残されていました。

3 ヒトとモノとの出会い

ユダヤ人絶滅にむけての会議がもたれたヴァンゼーの会館は記念館となり、会議場には机が置かれ、会議がもたれた雰囲気が残されています。ベルリンの壁博物館にあったベルリンの壁を通過しようとして銃撃され、銃跡を残す乗用車も印象に残りました。具体的なものを保存することも記憶の社会化において大切なことです。表現においては、街頭性や水平的・横断的な関係性もほしいと思います。

4 大地の記憶との対話

その現場の記憶を伝えて社会化するにあたっては、大地の記憶をみつめて対話することも、必要なことです。障碍を持つユダヤ人を救おうとしたオットーヴァイト記念館の入り口には路上に彼を追悼する碑文があり、工場とされたビルの部屋の一部が保存されています。ローザルクセンブルクが殺されて捨てられた川の土手には、かの女の名を刻んだ文字のオブジェがあります。現場を大切にし、その現場にどのような表現を残すのかは、現代の課題でもあるわけです。

5 まなざしの対話力

ベルリンの北方にあったザクセンハウゼン収容所では、外壁を利用しての解放60年を記念してのパネルが設置されていました。パネルのなかには、収容者の顔と腕に刷り込まれた番号を組み合わせたものがありましたが、過去・現在からのまなざしを意識させるものでした。そのまなざしを、記憶の共有に向けて解き放とうとする力を感じました。記憶をめぐる闘いのなかで発せられた幸存者のまなざしは、真実にたいしての人間の方向性を問うものだと思います。

6 領域の解体

記憶の継承にむけて、さまざまな試みがおこなわれてきました。そのひとつとして、ハンブルカー通りに連行される人々を示す彫刻群があります。近くには古い墓地が残されています。国営の抵抗博物館には抵抗者たちが復権され展示されています。展示の前に鉄格子をおき、格子を前にして記事を読ませるといった工夫もされています。抵抗を復権することで信頼を得ているわけです。政治的強権との抵抗にこそ表現の自由の根があるわけですが、ちなみにこの国で天皇制に対してどれだけ表現の自由があるのでしょうか。天皇制の賛美や歴史の偽造が公然とおこなわれ、加害の記憶を都合よく修正してはばからない国に、真の表現の自由があるとはいえないでしょう。

7 勲章と履歴の拒否

ここで軍事基地についてみておきます。1990年代後半の浜松へのAWACS配備前後からアメリカの戦争に従属する形での軍拡がすすんでいます。そのようなグローバル戦争にむかう動きのなかで、軍事基地の前でどのような平和の表現ができるのかと考えます。軍事の展開は、加害の想像力を問うものであり、今を生きるものが主体的に身体を持って取り組むものなのですが、それがスペクタクルとされ、疎外されています。

8 生命と共存の語り

2001年アフガン攻撃、2003年イラク戦争と、グローバル戦争の時代となりました。平和にむけての街頭表現、その時代を支える支配的心性を問う論理力、そしてあらたな表現力が問われていると思います。軍事に対抗する平和への表現力は人間の尊厳にとって欠くことができないものだと思うのですが、それが弱い理由のひとつに、過去の戦争での尊厳の回復と記憶の継承が十分でないことがあげられると思います。

9 抒情の根源への遡及力

最近、政治の「劇場化」がいわれます。本来自身の課題であるにもかかわらず、それが見世物となり、自らも商品化され、疎外されている状況になっています。現実の感覚や抒情そのものを問うことも必要なのだと思います。

かつては「大東亜共栄」「邦人保護」、いまでは「テロ撲滅」「復興支援」。繰り返される偽りの宣伝のなかで、真実を示す表現を造りたいと思います。

10       あなたのうちにときめくいのちのエネルギー

最近、「浜松の戦争史跡」という冊子を作りました。街を歩くと、かつての戦争を肯定するオブジェも多いのです。それらの表現物は生命を捨てるまで操作され、蹂躙されてしまった存在を示すものとして捉え直し、そのようにならないために読み直していくべきものとしてみていきたいと思います。国家の暴力によって精神と身体を奪われてきた歴史を踏まえ、その歴史を繰り返さないための記憶の社会化が求められています。いのちのエネルギーはそれぞれの内側にありますし、そのときめきを大切にしたいと思います。

おわりに

軍事基地はその軍事的な絶対性を示してきました。けれどもその軍事基地のフェンスは民衆の歴史からみれば、表現にむけてのキャンバスでもあったわけです。ビエケスで、沖縄で、梅香里で、さまざまな歴史が繰り広げられてきました。かつて浜松は陸軍爆撃隊の拠点となり、アジア各地の空爆につながる歴史を経てきました。海外派兵の拠点となり、民衆の生を奪った歴史の記憶を、どう社会化できるのかがひとつの課題です。

静岡空港は、政治的利権とゼネコン奉仕と環境破壊を象徴するものですが、この展示会場に記されているように、そこで抵抗する農民こそ真の表現者であると思います。その抵抗の記憶をどう表現できるのか、それが今回のナカムラさんの取り組みなのだと思います。

                             (20065月)