プラタナス

 

そのプラタナスの木は「市民の木」と呼ばれている。浜松が太平洋戦争中、大空襲で破壊され焼け残った木で現在も浜松駅西側に立っている。「市民の木」を中心に60年の歳月がながれたわけだ。

ところで映画のフィルムは1秒間に24コマの速度で動く。少しずつ動きの異なる24枚の写真が本の頁めくりのように動きをともなった映像として再現されるのだ。

たとえば「市民の木」を同じ位置で1ヶ月に10枚の写真を撮ったとする。1年間で120枚、60年間なら7200枚、これを映画の速度で動かせば300秒の映画になる。言い替えると60年間の浜松の歴史が「市民の木」を中心にめまぐるしく変化してゆく5分間の映画だ。

おそらく日常とは「何も変わらない、何も起こらない」という思い込みの連続であり、歴史(現実)とは「まさか」の連続なのだろう。5分間の「市民の木」の映像がそれを証明するはずだ。平凡な日常、変化の無い連続と思い込んだものが、時間を圧縮すると、とてつもない変化であることがわかるだろう。あたり一面、火の海に囲まれた「市民の木」から火が消え、バラックが建ちはじめ、集落が出来て人が行き交う街になり、自転車やリヤカーがオート三輪や乗用車になり、木造平屋から高層ビルに変わってゆく。

地球史46億年を一言で表現すると冷却の歴史だ。奇しくも浜松60年史が同じと言えなくもないが、憲法第9条の行方によっては、まるで別物になる可能性もある。

227日、静岡県西遠地区の高教組による「教育基本法改悪反対集会」が行われた。

憲法第9条を社会に定着させる教育基本法は、準憲法としての役割を担う。

「お国のために命を投げ出してもかまわない日本人を生み出す。お国のために命をささげた人があって、今ここに祖国があるということを子どもに教える。これに尽きる」(民主党・西村真吾議員)教育基本法や憲法の改正をめざす勢力の本音だ。

反論が無い事に乗じて、まるで水を得た魚の如く暴言を繰り返す東京都石原都知事は「東京には憲法も教育基本法もいらない」と公言しているという。その東京都の教育現場では、日の丸、君が代強制が徹底され「人間の良心」を生徒に教えてきた教員がギリギリの判断で立たなかったため、また、生徒が立たなければ先生が、というような処分が行われている。日の丸、君が代強制が数値目標達成というかたちで職務命令が出され、チェックが徹底され、命令違反には再発防止研修が行なわれる。この国はすでに公務員による憲法違反が堂々と行われているのだ。しかも教育現場で。

一体、何のために?それは戦争可能な国にするためだ。そう言われてもピンとこない人が多いほどこの国の情報が偏っているということだ。すでに500校を超える学校が全国の自衛隊駐屯地訪問を実施した。何も起こらない、平凡な日常と思われがちだが、歴史は確実に動いている。巧妙な情報操作により危機感をもつひとはきわめて少ない。北朝鮮問題の大合唱は、この国の本当の危機をすりかえることに成功している。

じつは、このきわめて重大な反対集会にはたったの20名しか集まらなかった。しかし嘆いても仕方が無いし嘆くべきではない。亡くなった松下竜一の言葉がよみがえる。「こころのなかで反対と思っていても、声に出さなければ賛成とされてしまう。たとえ少数でも現場で声を挙げる意義はそこにある」

小さいけれど歴史的に重要なデモが出発した。日本中の都市がそうであるように浜松も不況下で個人商店が軒並み潰れてゆく。シャッターの閉まった町並みは、冬の寒さをいっそう厳しく感じさせる。さかなやの無くなった肴町をはじめ、さまざまな専門店が消えて若者相手のUSAファッション系の店ばかり。年寄りの消えた街だ。浜松は日本一ブラジル人が多い街だが街で見かける彼らと日本人が積極的に会話しているわけでもない。元来、街とはコミュニケーション空間のはずだった。テレビの登場・普及が、映画の衰退とリンクするように思う。そしてコミュニケーション不全とも。かって浜松にも810軒くらいの映画館があった記憶がある。老若男女で混雑する町並みは、さまざまな会話が飛び交っていた。テレビはひとびとを統制し多様性を消していった。それは全体主義構築のための機能だ。自由に考え、行動出来る錯覚を与えるために不可視の強制力となる。すでに街にあふれる若者たちが予測不能の行動をとる気配は感じられない。もちろん彼らが気付く、気づかないにかかわらず。ましてや、至る所の監視カメラを不快に思っている様子もない。生存と監視が不可分になった空間がそこにある。管理されていることさえ自覚が無いということだ。

中心街西方に鴨江寺という寺があり、以前は「お鴨江」と呼ばれる彼岸の縁日で賑わった。1km以上にも露店や屋台が並び、「道」(伊映画)に出てくるような、いかがわしい見世物やサーカスなどが催された。手や足のない傷痍軍人がアコーディオンを弾いたりゴザの上で首を垂れて投げ銭を懇願していた。どのような意味があったにせよそこには活発なコミュニケーションがあり、アジア、中東、アフリカなどの雑踏に共通する人間の臭いが感じられた。さまざまな人が生きる街の多様性は、可能性でもあったようにおもえる。そんな街が今ではふたたび「銃後の街」となってしまった。ほとんどの人が自覚ないままに。

商店主たちは中心街の空洞化に不安を覚えながら何をしたら良いか見当もつかず、促がされるまま手掛けるのは監視カメラの設置くらいというわけだ。上空から監視するAWACSに対応するということか。

デモ隊のシュプレヒコールが、無反応、無表情の群衆のなかに消えてゆく。

翌日の静岡新聞、中日新聞には、片隅に小さなベタ記事で集会とデモがあったことだけが載っていた。両紙の購読者に記事を読んだか聞いたところ「そんなことがあったのか、新聞は読んだけど気が付かなかった」もうひとりからは「なんですか?それ」という返事が返ってきた。マスコミのスタンスが読める。民主主義の擬装が破れて全体主義が露わになってきた。

教育基本法、憲法第9条の改悪が何をもたらすか、まだ多くの人が理解出来ていない。

たかが60年、されど60年、プラタナスが戦火を見なかった意味は深い。

200534高木

水とX線と歴史認識

 

水道を信用しない。とくに浜松の上水道を。無防備に蛇口を安全とみなして身を委ねることは、その向こう側、つまり水源からの過程を無視することにほかならない。人体の6070%の水分を考えても飲み水がどれほど重要か自明だ。水源である諏訪湖ですでに汚水であり天竜川として180km流れるあいだ、伊那盆地で果樹園とゴルフ場の大量の農薬を混入されたうえ下流で取水し、需要と供給のバランスのため急速ろ過と大量に塩素投入された結果が蛇口からほとばしるわけだ。以前、春野町の山奥で湧き水をポリタンクに汲んでいたところ、同じ目的で来たらしい中年男性が「やっぱり、水道より良いですか」と話しかけてきた。もちろん、とうなづくと「実は水道局に勤めているんです」と身を明かした。帰り際に「タンクには黒いシートをかけるといいですよ」とアドバイスしてくれた。それにしても20年以上山の水を飲んでいるが、貴重な水場が最近ゴミだらけになってきた。何をやっても日本人というのは全体を見ようとしない。それが自分の首を締めていることに気が付かぬまま。

ところで注目される針灸医学の専門誌「医道の日本」(20052)に面白い記事があると友人が紹介してくれた。リスク・ファクター(危険因子)の話だ。日本の医療の貢献とは正反対の自主的な健康活動と環境が長寿の重要な要因となっていることが示されていた。「医療が病をつくる」ということだ。耳の痛い話だが日常生活習慣の影響はやはり重要のようだ。胃がん検診の有無に関わらず世界で胃がんが年々減少しているのは、冷蔵庫の普及で塩分摂取量の減少の結果という。最も大きいファクターが塩分ということだ。そして日本の発ガン因子のうち、X線、CT検査被曝による発ガンの比率は先進国でトップ。(欧米では0.6%程度)で、日本では3.2%と5倍以上の驚くべき結果だ。X線検査では発見不可能にもかかわらず毎年、肺ガン早期発見のためにX線検査でリスクを高めている。また、腰痛でX線検査をするが、そもそもX線ではわからないという。

最近WHOが腰痛にはX線検査をしないように勧告した。日本でX線検査をするのは患者の満足度を高めるためだけだった。WHOの勧告後も相変らずX線検査が続いている。被曝のリスクだけが増加する。「唯一の被爆国」という言説は、原爆に限ったものではないらしい。世界一の地震地帯に原発を50基以上稼動させて国家一丸となって被曝のリスクを最大に高めているこの国の本屋には「頭の良くなる…」や「頭のいい人の…」といった類いのタイトルが並び、やたらに頭が良くなりたい願望があるようだ。BSEさわぎの最中に焼き肉屋の開店で満員の盛況になり、牛丼が食べたいと多くのひとが待ち望む国だが、自衛隊がイラクで参戦していることをどれほどのひとが自覚しているのだろう?すでに、目の前の事にしか反応しなくなってしまい想像力は停止したままになっているのでは、と疑いたくなるほどだ。

水の流れを、水源から海にいたる過程として捉えるように、時間もまた過程として読む必要がある。親の代があって私たちの時代があるように、この国の過去と現在は切れようがなく、その連なりとして未来がある。言うまでもなく、それは一国の問題では有り得ない。歴史は国家の占有物などではない。

「日本の植民地支配を推進した国家を継承するかたちで天皇制が残存し、アジアの被害者から多くの戦後補償裁判が現在も継続している。(中略)アジア太平洋戦争や植民地支配に直接関与しなかった私たち自身にも間違いなく戦後責任があるはずだ」(ポストコロニアリズム 本橋哲也 岩波新書2005

318日、元従軍慰安婦の中国人女性2人が日本政府に損害賠償を求めた訴訟で東京高裁は原告側の控訴を棄却した。「現行法で救済できない」という理由だ。別の中国人女性4人の訴訟も同高裁は昨年12月、賠償請求を棄却している。 

「韓国、盧武ヒョン大統領は23日、小泉首相の靖国参拝や「竹島の日」制定などを挙げて、日本が侵略と支配の歴史を正当化し、再び覇権主義を貫徹しようという意図をこれ以上黙って見ているわけには行かなくなった、と日本政府を強く批判した」(05.318毎日)歪曲された歴史教科書、自衛隊海外派兵のための法的整備、首相の靖国参拝などが韓国内で対日感情を悪化させていると危機感をあらわしたものだ。 

一過性の、そしてきわめて日本的な熱狂が、今、冷水を浴びせられて冷めつつある。「ヨン様」云々の韓流ブームだ。呆れるほど歴史を無視したその熱狂は、もちろん過去の植民地支配の歴史を踏まえたものでも、日韓の歴史認識合意形成に基づくものでもなく、だからこそその何倍もの韓国民衆の「恨」(ハン)により駆逐されようとしている。 

「ヨン様」と絶叫し、身を震わせた日本の中高年女性のほとんどは、歴史に触れることなく身勝手な悦楽に浸った。ヨン様ブームがNHK発だったことを忘れるべきでない。

思考停止は国策なのだ。 

反日感情に火がついたのは、島根県の「竹島条例」制定をきっかけにした竹島(韓国名・独島)の領有権主張だった。韓国ではみずから指を切断したり身体に火を放って抗議する激しさだ。焼かれる日の丸は、歴史認識の非対称性への怒りそのものだろう。どちらにしろ、コミユニケーションが国境で断たれたままいくら叫んでも通じない。不毛なナショナリズムが増幅するばかりだ。双方が共有できる歴史認識が確立することだけが未来につながる道であるはずだ。世界には加害者の忘却と、それをはるかに凌駕する被害者の怨念がある。日本人の60年間の忘却が育んだものは、植民地支配正当化と新たなる覇権主義だ。そのうえで都合の良い曖昧な歴史認識が韓流ブームと整合した。しかし、「ヨン様ーア」と叫びながら自分の指を切断する日本人女性はいない。ブームはブームでしかない。曖昧さが事実を覆す事はない。どのようなきっかけであれ韓流ブームが隠蔽したものが露わになるのは必然だったのだ。韓国民衆の60年以上の「恨」は日本人の真摯な応答を待っている。敗戦後60年間、多くの日本人は他者の声に耳を塞いできた。安定期が過ぎ去り生き方が不安定になった現在、大切な隣人としての他者、すなわち無視しつづけてきたアジアの被害者たちと対等な会話をかわす時がきたということだろう。敗戦国でありながらまるで戦勝国のようにふるまってきた時代を恥じるべきだ。その間、被害者は塗炭の苦しみに追いこまれたままだったわけだ。日本人が無視してきた植民地時代における韓国民衆には胸の張り裂けるような無数のドラマがあったことを知るべきだ。被害者への想像力こそが日本人に求められている。

200534高木