「軍隊慰安婦」が問いかけるもの  
         
199212月戦後補償・国際公聴会

 

 「従軍慰安婦」という表現は、「軍に従い、安らぎを与え慰める女」という意味であり、偽りを含んだ表現である。実際には軍隊による集団強姦制であり、性奴隷制度だった。ここではとりあえず「軍隊慰安婦]としよう。

 はじめに「軍隊慰安婦」制度の成立を考えたい。資本が全世界の商品化を狙い植民地を奪いあうという帝国主義の時代、日本は天皇制を統合の主軸にして、みずからの階級支配をねりあげ、とりわけ女性を家父長制・公娼制による性差別で縛りあげて、侵略戦争にあけくれた。そして植民地支配と占領のなかで、侵略軍兵士の性管理のために「軍隊慰安婦」制を確立した。とりわけ朝鮮人女性は民族・性・階級の面で差別され、10万〜20万人が「軍隊慰安婦」としで動員されたという。

 かの女たちは日本帝国主義による民族抹殺政策のもとで性奴隷とされ、兵士による集団強姦をうけ、人間を破壊された。日本は「軍隊慰安婦」をつくることで、兵士の軍隊内差別と侵略過程から生まれる不満を解いて、「戦意」を操り、強姦を「予防」しようとした。兵士たちはおのれの生存の欲望を根底から縛られ、「慰安婦」たちはそのような兵士たちによって蹂躙されたのである。かの女たちは兵士たちへと「天皇の下賜品」「備品」として与えられた。このような性奴隷は、消耗すれば日本帝国主義軍隊の付属品として処分された。そしてこの「備品」は植民地地域・被支配地域からの連行・詐欺・転売などで駆り集められ、敗戦になると放置された。

この「軍隊慰安婦」が提起された理由は二つあるだろう。

 ひとつは新たな日本の帝国主義の復活によって再軍備がすすみ、日本資本がアジアに侵出し、売買春ツアーが増加するという問題がでてきたこと、もうひとつは日本政府が侵略戦争と植民地支配を正しいものとし、軍拡、教科書改悪、戦争責任の未精算、天皇賛美や歴史偽造をおこなってきたことである。この二つは結びついたものである。侵略戦争のツメ跡はいまも残っているから、アジアの人々から強い怒りと抗議の声があがるようになった。

過去の歴史と現在の状況をふまえて、未精算の戦争犯罪・戦争責任・戦後責任への問いが、アジアの被害者白身の告発によって社会的関心となってきたのである。そのなかで、元「従軍慰安婦」が次々と尊厳に回復を求めて、証言にたちあがった。「事実を明らかにし、謝罪し、補償をおこない、教科書にきちんと書き、二度とこのようなことをおこさないという教訓にせよ」と。

事実を認めようとしない日本国家を裁判にかけ、「経済大国」と「国際貢献・援助」の支配的な幻想にある日本人に自覚を促すというのである。そこには平和への指向や、奪われた生を奪還し、自己の尊厳をとりもどそうとする人間回復への強い想いがあり、それを支える人々の共闘がある。 

「軍隊慰安婦」は帝国主義戦争の問題点をさまざまに示すものである。そこには階級支配、民族差別と植民地収奪、性差別が刻みこまれている。

この間主張されているように「軍隊慰安婦」を歴史の主人公としてみていくという問題提起はあらたな歴史創造を問うものであると思う。元「慰安婦」が自らの歴史を語りはじめたこと、それは性意識・民族意識の変革をもとめるたたかいの始まりである。      また、それは、性の虐待、性の商品化のない社会のあり方をもとめて、「平和」の思想を打ちたてていくということ、民族差別を克服し国際的な連帯をえていくということも問いかけていると思う。      

「軍隊慰安婦」を覆い隠そうとする力はいまも強い。そのような力は、たとえば天皇制が今も存続し、差別・侵略・抑圧の象徴としてあること、過去の戦争を合理化する形で現日本政府の政治権力があること、女性差別が家父長制や買売春としていまも続いていること、などからもみることができる。

 「軍隊慰安婦」について語られてきたことをまとめれば次のようになる。@帝国主義侵略戦争、天皇制・植民地支配・階級支配、A性差別、家父長制・公娼制・儒教的貞操観念、B民族差別、民族抹殺策・総動員体制・日本国家による他民族未婚女性の集団輪姦制、C未完の戦争責任・戦後責任、天皇制存続・在日外国人差別・未賠償・戦争犯罪の隠蔽、D日本のあらたな帝国主義、アジア侵出・買売春・PKO派兵・外国籍労働者の搾取、E歴史記述、性・民族・平和・人権。「軍隊慰安婦」問題はこれらの問題の解決を提起していると思う。

 「軍隊慰安婦」は侵略戦争期に新たに創出されたものである。歴史の記述においてかの女たちを主人公とする言説が求められ、性描写のありかたにおいても、かの女たちやわたしたちが解き放たれていくような文脈・想いが必要だろう。天皇制国家の軍隊による侵略戦争は、性差別・民族差別・階級差別のうえにおこなわれた。「軍隊慰安婦」という集団輪姦制は日本による植民地支配・民族差別の産物だった。この軍隊慰安婦の存在は、日本の戦争責任を問い、性差別・民族差別を批判し、女と男の関係のあり方の地平から平和を問いかけ、記録していく営みを提起していると思う。

 以上は1992129日の『日本の戦後補償に関する国際公聴会』に参加して考えたことをまとめたものである。

                           (19931月記・竹内)