2012.2.19世界経済危機と民衆の対抗運動

2月19日浜松で世界経済危機と民衆の対抗運動のテーマで学習会をもった。
以下はその際の講演録である(文責・人権平和・浜松)





世界経済危機と民衆の対抗運動          
2012219  白川真澄

 

浜松の皆さん、こんにちは。金融危機と雇用不安をテーマにお話しして以来2年ぶりです。今日は、世界経済危機と民衆の対抗運動についてお話ししたいと思います。

 

1 リーマン・ショックから欧州債務危機へ

 

 2008年秋に、世界は米国発の金融危機(リーマン・ショック)に見舞われました。これは、米国の不動産バブルの崩壊によってハイリスク・ハイリターンの金融商品(サブプライムローンを証券化した商品)が紙クズとなり、これを大量に抱えていた欧米の証券会社や銀行が大損失を被ったことによって引き起こされたものでした。金融機関どうしの資金取り引きがマヒし、危機に陥った金融機関は企業や個人に対して資金を貸し渋り、実体経済を収縮させて大不況を招いたのです。個人消費は収縮し、輸出入は急落し、大量解雇によって失業率が上昇しました。

これに対して、米国をはじめ各国政府は、巨額の財政出動を行なって金融機関の救済と需要喚起を図りました。これによって危機は乗り越えられ、中国など新興国の経済成長の復活が牽引して世界経済は回復軌道に乗ったかに見えました。世界経済の成長率は2009年がマイナス0.6%でしたが、10年は3.9%となりました。

しかし、財政出動は巨額の財政赤字を累積させ、膨れ上がった政府債務(国債)への不信と不安が、デフォルト(債務不履行)を予想した国債の投げ売りを生み、国債価格の低落(金利の上昇)、国債の格付けの引き下げとして噴き出しました。債務危機(ソブリン危機)の発生です。

この債務危機は、財政赤字が深刻なギリシャで2009年秋に表面化し、EUの支援にもかかわらず国債の投げ売り、国債価格の暴落が続いたのです。10年物国債の金利は2011年11月には26%超にまで上昇しました。債務危機は、ポルトガルからイタリア・スペインにまで波及しました。イタリア国債の金利は「危険水域」の7%超に上昇しました。ヨーロッパの金融機関であるフランスのBNPバリバ、フランス・ベルギーのテクシア、ドイツのコメルツ銀行などは、南欧諸国の国債を大量に購入してきました。ですから国債価格の暴落は資産に大きな損失を生むことになり、金融危機(リーマン・ショック)が再来する可能性が高まったのです。

EUは10月末に危機解決の包括策で合意しました。その内容は、民間投資家のギリシャ向け債権の50%カットなど債務再編、ヨーロッパの銀行の自己資本増強、EFSF(欧州金融安定基金)の規模拡大などでした。しかし、危機は収まらず、ユーロは年末には流通開始以来の最安値(1ユーロ=100円割れ)にまで下落しました。今年1月には、最上位のフランスを含む9カ国の国債がいっせいに格下げされ、ユーロ解体の危機の観測が流れました。これに対し、欧州中央銀行(ECB)は大量の資金を供給し、それによって金融機関の資金繰りが緩和されることになり、ユーロ売りに歯止めがかかり、株価も上昇しました。

しかし、ユーロ圏の債務危機はまったく解決されていないのです。

ギリシャの債務削減をめぐる民間金融機関と政府の交渉が難航しています。民間金融機関は保有する既存のギリシャ国債の元本を50%削減した上で、長期で低利率の新国債と交換することを求められています。新発債の利率を4%台と主張しているのですが、3%台を主張するギリシャ政府と折り合いがついていないのです。交渉が決裂すると、ギリシャはEUから融資を受けられず、デフォルト(債務不履行)に陥ることになります。同時にCDS(債務不履行時の保険金)の支払いが発生し、CDSを発行していた米国などの金融機関が損失を被ることになります。

EUは、イギリスを除いて、通貨統合から財政統合に進むことで危機を乗り切ろうとしています。1月末のEU首脳会談は、財政危機の国に融資する欧州安定メカニズム(ESM)の立ち上げを早めると同時に、財政規律を強める政府間協定を発効させることで合意しました。財政規律協定は、毎年の財政赤字を対GDP比0.5%内にすることを各国の憲法や法律に定め、各国の財政主権の制限によって財政面での統合を進めるというものです。

財政統合は、南北格差を抱えるユーロ圏内で所得再分配を行なうこと(南欧諸国への支援)を課題に上せることになります。それは、ユーロ導入で一人勝ちしてきたドイツが財政負担を引き受けることを意味するわけですが、ドイツはユーロ共同債の発行にも抵抗しています。ドイツが財政負担を拒否すれば、ギリシャなど南欧諸国はユーロを離脱して、通貨低落によって貿易収支を改善する道を選ぶしかないのです。

 

2 世界経済危機下の米国と日本

 

債務危機は、巨額の財政赤字を抱える米国にも出現しました。米国の2011年度の財政赤字は1.6兆ドル、対GDP比10.9%であり、債務残高は2008年度の10兆ドルから2010年度の13兆ドルへ膨らんでいます。2012年夏に債務上限の引き上げをめぐる大統領と議会共和党の対立から、あわや債務不履行に陥る危機に見舞われ、ついに米国債が格下げされました。これは、ドルへの信認を失わせ、ドル安を招きました。

米国は、財政赤字が足かせとなって、有効な景気回復や雇用拡大の政策をとることができず、金融緩和策に頼るしかなくなっています。

米国のダウ工業株は、今年に入ってリーマン・ショック前の水準に回復しました。雇用と失業率もやや改善され、ゆるやかな景気回復が見られます。しかし、失業率はいぜんとして8.3%で高止まりし、人件費削減による所得の伸び悩みと住宅ローンの重圧によって個人消費は足踏みしています。借金残高が住宅価格を上回る債務超過の家計は、住宅保有者の1/4近いのです。FRB(連邦準備理事会)は年2%というインフレ目標を設定し、ゼロ金利政策を継続することを決めましたが、金融緩和政策の効果は限られています。

日本は、国と地方合わせた長期債務が862兆円もあり、それが対GDP比180%(2010年度末)と数字的には先進国のなかで最悪の財政破たん状況です。しかし、国債保有者の92%が国内にいること、個人の純金融資産が1100兆円あること、税負担率が低く増税できる余地があるといったことなどから「相対的に安全」と評価され、円が買われる超円高が進んできました。

しかし、日本国債の暴落の可能性は、潜在的には存在します。たとえば約42兆円の国債を保有する三菱UFJ銀行は、経常収支が赤字に転落する2016年に近づくと国債の急落が生じると想定し(金利が3.5%に上昇)、長期国債を短期国債に買い替える計画を立てています。

ヨーロッパの債務危機は、ユーロ安・ドル安の反動の超円高となって日本を直撃しています。自動車・電機などの輸出向け企業は、1ドル=80円台前半の採算ラインの想定が円高で70円台に上昇したために輸出が伸び悩み、軒並み赤字に転落しています。国内にとどまっていた部品メーカーの海外移転が急速に進んでいます。これによって、国内の工場閉鎖や人員削減が加速されています。企業の海外移転で輸出が5%減った場合、2012年度までの2年間で、GDPは4%分押し下げられ、200万人の雇用が失われると予想されています。

 

 財政危機の「解決」策――緊縮財政策の民衆への押しつけ

 

このように、2008年以降、金融危機が勃発(金融機関の資産への不信と暴落)、それへの対応策が財政危機=債務危機(国債への不信と暴落)をもたらし、財政危機が再び金融危機を招くという危機の往還的な深刻化が進行してきました。

この危機の進行によって、2011年後半には世界同時株安が起こりました。株価は、各国の中央銀行の大量の資金提供によって今年に入って上昇していますが、金融危機と債務危機の勃発による株価急落の不安はけっしてなくなっていません。

リーマン・ショックの引き金を引いたのは金融商品の暴落でしたが、今回の経済危機の引き金となったのは国債の暴落でした。国債は、国家によって信用が裏打ちされている最も安全な証券=資産です。その国債が財政赤字の累積によって信用を失っているのです。   

債務危機とは、信用できるものが何もなくなったという深刻な危機を意味します。資本主義と市場経済の基礎にあるのは、実はプレーヤー=取引者間の“貸したものは必ず返済される”といった信用なのです。その信用が根底から揺らいでいるのです。

EUやIMFがギリシャやイタリアに強要している財政危機「解決」策は、新規の支援を受けるための財政赤字の縮減、債務の一定の返済といった緊縮財政政策です。それは、年金支給年齢の引き上げ、地方などへの補助金の削減、付加価値税(消費税)率の引き上げ、公務員の大量削減(サービス低下)など、労働者や市民に犠牲と負担を一方的に押しつけるものです。

この財政危機「解決」策は、ヨーロッパの金融機関の貸し手責任を棚上げしています。ユーロを利用して大量の資金をギリシャなどに貸し付け、利益を上げてきた金融機関にも重大な責任があるはずです。債務の元利償還を軽減する(債権をカットする)債務再編も、民間投資家が大きな損失を被らないような損失保証が仕組まれています。

野田政権の「税と社会保障の一体改革」も、財政再建のための消費増税が最大の狙いです。それは社会保障の拡充を看板に掲げていますが、消費増税を2015年度以降に10%以上にするとともに、年金支給開始年齢を68〜70歳に引き上げ、医療・介護サービス利用時の自己負担を増大させるなど、社会保障の効率化(削減)のメニューがすでに用意されています。また、国家公務員の数と給与の削減をテコにした地方公務員の削減も目論まれています。日本国債の暴落という形で財政危機が顕在化すれば、きびしい緊縮財政政策がとられることは必至です。

このようなEUやIMFによる財政危機「解決」のための政策は、民衆の激しい抵抗を呼んでいます。民衆運動の主張は、不当な債務は支払わない、金融機関に貸し手責任を負わせる、お金持ちに税を支払わせるということです。

発展途上国に押しつけられた巨額の債務の帳消しに続いて、ギリシャやイタリアの民衆に支払いの負担を強いるような政府債務は帳消しにし、富裕層にこそ税を負担させよう。これが新しい世界の「正義」となりつつあるのです。実際、富裕層への課税強化は、オバマやオランド(フランス社会党の大統領候補)の公約にもなっています。

 

4 金融資本主義化とそのジレンマ――資本主義の歴史的危機@

 

20世紀末から、資本主義は金融資本主義化することによってしか生き延びられないという段階に入りました。金融経済の膨脹と暴走ですが、それは、資本主義に極度の不安定性と不確実性をもたらしました。いま、資本主義は苦悶の表情を見せはじめています。

資本主義の中心は、生産活動に有利な投資先を見出せなくなった資金(過剰な資金)が株・証券、外国為替、不動産に流れ込み、巨額の利益を上げるマネーゲームに移ってきました。この金融資本主義化を促進したのが、米国やIMFが推進した規制撤廃の新自由主義政策でした。世界の金融資産(株式時価総額プラス債券発行額プラス預金)は152兆ドル、世界のGDPの3.2倍にまで膨脹したのです(2006年12月、1990年では1.8倍)。

リーマン・ショック後も、巨額の財政出動と金融緩和を通じて投入された巨額の資金は、過剰なマネーとして世界に溢れだし、ワールドダラーは4.5兆ドル(2010年10月)とリーマン・ショック前の2倍に膨らんだのです。

その背景にあるのは、1971年ニクソン・ショック以降の米国のドルのたれ流しです。そして、日本や中国が対米輸出で稼いだ経常収支黒字分は、再び米国に株・証券や国債の購入の形で還流されるという資金の循環構造が出現したのです。米国の「世界の金融センター」化であり、これが、ドルの基軸通貨としての地位を支えてきたわけです。

しかし、金融資本主義化は、国境を自由に越える大量のマネー(短期資金)の運動によって金融活動の急激な膨脹と収縮を周期的に引き起こします。バブルとその崩壊、短期資金の急激な流入と流出です。資金の海外流出、銀行間取引の途絶という突然の金融収縮は、実体経済を深刻な不況に追い込みます。これに対処する常套手段として、財政出動と金融緩和が行なわれますが、その政策は、一時的な景気回復をもたらすとはいえ、むしろ過剰な資金をいっそう溢れさせて、次のバブルを準備することになります。また財政赤字を膨らませ、政府債務の膨張が国債の暴落を通じて金融危機を招くと同時に、緊縮財政政策を余儀なくさせて、実体経済にブレーキをかけることになります。

このような危機にある資本主義は、金融資本主義化以外に新たな成長軌道に乗る道をもちうるのでしょうか。2つの道が提唱されています。

ひとつは、中国、インドなど巨大な人口と潜在的需要を抱える新興国の商品市場を開拓することによって、世界経済全体の経済成長を回復し持続させるというものです。

しかし、先進国の生活水準に追いつこうとする新興国の高度経済成長(大量生産・大量消費・大量廃棄)は、いかに省エネや脱炭素化の技術を利用したとしても、地球環境の制約とぶつかります。また、経済成長が加速する貧富の格差の急激な拡大が、巨大な社会的抵抗や社会運動を呼び起こし、経済成長主義にブレーキをかける可能性もあります。

また、短期的には、新興国は、債務危機に陥ったEU向けの輸出が落ち込み、海外から流れこんでいた資金の流出に見舞われています。中国では、不動産バブルの崩壊の可能性も高まっています。新興国の経済成長もグローバルな連関のなかでのみ可能ですから、先進国の経済危機の影響をまともに受けつつあるのです。

もう一つは、環境や再生エネルギーの分野への投資と雇用創出というグリーン資本主義化によって、新たな経済成長を実現するというものです(金子勝、佐和隆光、水野和夫・萱野稔人などの主張)。

たしかに、環境・再生エネルギー分野への投資は、経済を活性化し新たな雇用を創出します。しかし、大規模なインフラ投資や省エネ製品への買い替えの需要が起こるとしても、それは、かつての耐久消費財の爆発的普及による需要創出に代わって経済成長をもたらすとは言えないでしょう。環境・再生エネルギー分野への投資は、全体としての生活の質の転換、都市と農村の不公正な関係の組み替えを優先するなかで行なわれるべきです。

 

5 覇権国=基軸国なき混沌の世界へ――資本主義の歴史的危機A

 

いま進行しているのは、覇権国=基軸国システムの終焉です。米国の覇権の決定的な凋落こそ、21世紀初頭の10年間に生じた世界の最大の変化です。

強大無比の軍事力に担保された米国の軍事的・政治的覇権は、この10年間で一挙に崩れてきました。イラクとアフガンでの対テロ戦争の泥沼化は、ブッシュ政権の軍事単独行動主義を挫折させ、オバマ政権の下での多国間協調主義への転換となり、イラクからの撤兵を余儀なくさせました。「アラブの春」は親米独裁政権を連鎖的に瓦解させ、米国の覇権行使は、ラテンアメリカに続いてアラブ世界においても困難になりました。米国は、深刻な財政危機による国防費削減の必要もあって、二正面戦略を断念し、アジア・太平洋重点戦略に転換しました。そのことが、海洋戦略を強化しつつある中国との覇権争いを激化させています。

米国の金融的覇権も、リーマン・ショックによる「世界の金融センター」の地位の喪失によって根底から揺らいでいます。2011年にはデフォルトの可能性が表面化し、米国債が格下げされました。ドルへの信認が決定的に揺らぎ、ドル安が進行しました。しかし、ドルに代わる基軸通貨を見出すことは不可能であり、世界は基軸通貨なき時代に入り込みつつあるのです。

これまで、資本主義世界は、抜きんでた軍事的・経済的・金融的な力を有する大国が世界政府の役割をある程度まで代行するという覇権国=基軸国システムを形成してきました。19世紀半ばから20世紀初頭にかけてのパクス・ブリタニカ、第2次大戦後から21世紀初頭にかけてのパクス・アメリカーナは、相対的に安定した秩序を世界にもたらしました。しかし、第1次大戦から第2次大戦までの時期は、覇権がイギリスから米国に移るという覇権国=基軸国不在の過渡期となったため、大恐慌、ブロック化、世界戦争という大動乱が生じたわけです。

米国の覇権の凋落とは対照的に、中国が軍事的・経済的大国として台頭してきました。EUは、主権国家を越えるグローバル・ガバナンスの新しい形態として米国と拮抗するだけの力をもつと期待されましたが、いまや重大な危機に直面しています。こうして、世界は、米中両大国が対抗しつつ協調するというG2体制に移行しつつあります。しかし、これは、いずれの国も決定権を行使できないという不安定で不確実な仕組みです。しかも、将来的に、中国が米国にとって代わる覇権国=基軸国として登場する可能性は小さいわけです。世界は、覇権国=基軸国システムが終焉する時代に入っていますから、混沌はいっそう強まるでしょう。

グローバリゼーションの急速な進展は、新たな矛盾・軋轢・紛争を噴出させています。それは、貧富の格差の拡大、金融経済の暴走、金融危機と財政危機の往還的拡大、地球温暖化、内戦などの形で噴出しています。

資本主義は、これらの問題を解決するためのグローバル・ガバナンスの再構築を迫られています。にもかかわらず、米国の覇権の凋落のなかで、G20など基軸国なき国家間の協議・協調システムに頼るしかないのです。このことは、CO2削減目標、金融規制などの重要な事柄の決定をどんどん先送りしていく状況をもたらしています。

グローバル・ガバナンスの危機は、先進国における「統治の危機」、議会制民主主義による政治的決定システムの機能マヒを引き起こしています。米国や日本のように、金融危機や財政危機に迅速に対応すべき政治的決定が、大統領と議会野党、あるいは与党と野党の党派利害による対立から実行できない状況が生れています。

イギリス、ドイツでは、二大政党への不信が高まって支持を急速に失う一方で、極右政党と「緑の党」や左翼が伸長しています。橋下現象のように、人びとが既成政党への深い失望から「強いリーダーシップ」を望んで、独裁的な手法をとる政治家への支持が高まっています。同時に、直接民主主義を復権させる動きも広がっているわけです。

 

6 対抗運動の新しい特徴と歴史的意味

 

このような歴史的危機のなかで、苦悶する資本主義に対抗する新しい民衆運動が、2011年に同時代性をおびて登場しました。

2010年12月から2月にかけて、多くの犠牲者を出しながら大衆的な非暴力直接行動で軍事独裁政権を倒した「アラブの春」が展開されました。リビアは内戦の形をとりましたが、独裁政権は打倒されました。

5月15日には、スペインでマドリードのプエルタ・デル・ソル広場を占拠する運動が出現しました。この「占拠」運動は、警察による強制排除をきっかけに、スペイン全土の都市に「インディグナドス(怒れる者たち)」の運動として広がりました。

9月17日には「ウォール街を占拠せよ」の運動が始まりました。呼びかけたのは、雑誌「アドバスター」の編集人のカレ・ラ―スンでしたが、「私たちは99%」を掲げた運動は全米40州に広がりました。ウォール街の公園占拠は、2カ月にわたって持続しました。10月15日、「1%」による富の独占に抗議し、「占拠」を合言葉にした行動が、82カ国951都市で組織されました。そして、いまも全米各地で継続されています。

さらに、緊縮財政政策に抗議するスト・デモ・暴動が、ギリシャ、イタリア、ポルトガルなどで展開されました。10月19日のアテネのデモには12万人が参加し、ゼネストが決行され、すべての交通機関はストップし、商店はシャッターを下ろしました。緊縮財政政策をとっているイギリスでも、8月に警察官による地元住民射殺をきっかけにし、ロンドンで次々に暴動が発生し、それはバーミンガムやリバプールに飛び火しました。

また、ドイツでは、3月26日、福島原発事故をきっかけにして25万人の脱原発デモが組織されました。日本でも、6・11の全国アクション、9・19の6万人集会、経産省前テント広場の運動、「避難の権利」の確立を求める福島の住民の運動が展開されてきました。

これらの民衆運動は、課題も発生要因もさまざまに異なりますが、共通する特徴をもっています。

第1に、特定の中心や指導部が存在せず、イニシアティブをとったグループや個人はいても、多様な個人やグループの柔軟で水平的なつながりによって運動が展開されています。第2に、インターネットを自在に活用し、行動の呼びかけや情報を不特定多数の人びとに発信し、大きな共感を呼び起こし、大勢の動員を成功させています。第3に、非暴力に徹する大衆的な直接行動を繰り広げています。多くの犠牲者や逮捕者が出ますが、国家権力の正統性を剥ぎとり、広範な社会的共感を獲得しています。第4に、広場の占拠という行動形態をとることによって、自治的な公共空間を創出し、全員参加の討議と共同生活を持続的に組織しています。たとえば、食べ物提供、清掃、医療、ネット中継、防衛などが役割分担されています。

第1から3までは、これまでの反グローバリゼーション運動にも見られる特徴ですが、第4の「占拠」は際立って新しい特徴です。それは、特定の日を決めた大きなデモや集会を越えて運動に持続性を与え、参加者が「共同体」的自治を実験することを可能にしています。ウォール街占拠の運動を担った1人である高祖岩三郎は、この運動が「平等性と多様性を事とする異なった共同体のモデルを構築しようとしている」と指摘しています。それは「ゼネラル・アセンブリーと幅広い意味での占拠実践」において表現されているというのです。今回の占拠の対象は、「公共空間」「都市空間全域」でしたが、「占拠とは、私有化された共通財を様々な次元において脱占領し、共有性において奪還すること」なのです(「世界を『脱占領』しよう」『世界』2012年2月号)。

反グローバリゼーション運動は、1999年のシアトルでのWTO閣僚会議に抗議する大衆的直接行動としてスタートし、NGOの政策提言やロビー活動の枠を乗り越えて、サミットやG7に対する非暴力の大衆的抗議行動を続けてきました。2001年にポルトアレグレで始まった世界社会フォーラムがその政治的な集約の場となってきました。世界社会フォーラムは、自らを「開かれた集いの場」、つまり多様な運動や個人が自由に交流する「空間」と規定する一方で、「もうひとつの世界は可能だ」と宣言し、グローバル資本主義に代わる社会システムを探求しようとしました。

ウォール街占拠の運動は世界的な民衆運動の象徴ですが、この運動は、@ひとにぎりの富裕層による富の独占、所得の極端な格差に異議を申し立てる、つまり「1%」のスーパーリッチに対して「99%」が抗議すること、A政治的決定権が実質的に剥奪されていることに抗議し、民主主義をとり戻す、つまり自己決定と自治を実現することという2つの性格を合わせもっています

そして、富を独占する「1%」が同時に政治的決定権を握っていることに対して、富も決定権も持たない「99%」が立ち上がって自己決定権を行使し直接民主主義と自治を実行するという対抗構図を浮かび上がらせています。

@は、米国では所得上位1%の人間が所得全体の20%を占め(1980年には10%)、上位20%の人間が所得全体の61%を占める、また資産所有上位1%の人間が資産全体の34%を占めている(2006年)という現状に起因します。税金によって救済された銀行の役員が法外な報酬を得ている現状が人びとの怒りをかき立てるのです。Aは、議会制民主主義の機能不全、既成政党(二大政党)による政治の空洞化に起因しています。

「アラブの春」からスペインの5・15、ウォール街占拠、南欧諸国の反緊縮財政の行動は、若者の異議申し立てでもあるのです。失業と貧困は、いずれの国でも若者に集中しています。また、既成政党は、若者の関心や利害から最も遠い位置にあります。若者を深い閉塞感のなかに放置してきたことが、これを自ら打ち破る行動に若者を駆り立てているのです。全共闘運動など1968年の世界的な若者の反乱は、高度経済成長下の「豊かな社会」・「管理社会」での「疎外」状況に対する異議申し立てでしたが、現在の若者の反乱は、ポスト経済成長下の失業・貧困・格差社会での「閉塞」状況に対する抵抗と告発です。

ウォール街占拠や反緊縮財政策の運動は、「1%」による富と権力の独占、所得の極端な格差、経済危機の負担の「99%」への押しつけに対抗する運動です。この対抗運動は、現在の経済・政治・社会システムそのものを標的とします、つまり「体制」そのものを問題にし、変革の対象にします。このシステム=「体制」は、運動によって「資本主義」と名付けられています。

現存の経済・政治・社会システム(「体制」)そのものに異議を申し立てる対抗運動は、環境・反原発・フェミニズム・人権などのシングル・イシュー型運動が噴出した1970年代以降の時代の民衆運動とは、明らかに異なります。それは、古典的な階級闘争の復権という面をもちます。貧困や格差を問題にし、資本主義の体制を標的にします。

しかし、現在の対抗運動は、運動のなかで共同体(コミュニティ)的自治を実験し、多様性を尊重する人びとの水平的なネットワークを創出しようとする点で、左翼政党と労働組合が中心であった古典的な階級闘争とはまったく異なります。それは、「国家権力をとらない社会変革」をめざすというシングル・イシュー型の運動の経験や特徴を引き継いでいます。

現在の対抗運動は、現存の「体制」そのものを問題にする全体性(政治の復権)と多様で柔軟で水平的なネットワークという主体のあり方を獲得しつつあります。

現在の対抗運動は「1%」の支配的エリートに強い衝撃を与え、1月のダボス会議では「資本主義」のあり方が大きな問題になりました。そこでは、金融危機の解決が長引くと社会不安が高まり、市場経済への懐疑や不信が広がるという危機意識が表明されたのです。

しかし、対抗運動の側も、資本主義に代わるオルタナティブな世界と社会のビジョンを明示的に打ち出すことができていません。

世界社会フォーラムは、「もうひとつの世界は可能だ」と謳ったのですが、その中身についての議論を積み上げることができませんでした。現在の対抗運動は、主張と標的が具体的で明快であり、世界的な権力構造を浮かび上がらせることに成功しています。そのため、大きな社会的共感を呼んでいますが、めざすべきオルタナティブについては積極的に議論し、提示するまでには至っていません。

※八木沢二郎は、戦後の民衆運動を、68年までの「反戦・民主主義」の運動の時代、70年代以降のシングル・イシュー型の「新しい社会運動」の時代、2008年リーマン・ショック後の階級闘争の新しい局面と区分しています。そして、新しい局面の運動は「全人民的であり、政治的=社会的」な闘争になる、と述べています。この時代区分は、基本的に妥当です(『情況』2012年新年号)。

 

7 オルタナティブを求めて

 

では、歴史的危機のなかにある資本主義に代わるオルタナティブとは何でしょうか。

オルタナティブは、規制された資本主義、「ルールのある資本主義」(日本共産党)、「公共的な資本主義」(金子勝)なのでしょうか。資本主義の危機は、あらゆるものの商品化、利益・コストの論理の優越、市場と競争の万能性など資本主義の拠って立つ原理が純粋に貫徹されることによって発生しています。

ですからオルタナティブは、資本主義の拠って立つ原理とは根本的に異なる原理、たとえば命と固有性の優先、エコロジー、公正、連帯と分かち合いなどにもとづく社会です。したがって、それは資本主義ではない社会システム、非資本主義のシステムです。

非資本主義は、社会主義あるいは、共産主義なのでしょうか。社会主義あるいは共産主義は、オルタナティブの役割を担いましたが、その理念とはまったく逆の形態で歴史的に実現されてきました。それは、すでに使い古され、歴史的に死んだ概念です。

資本主義ではない社会システムへの転換は、現在のグローバル市場を公共的に規制しながら、資本主義に代わる対抗社会のモデルを創出・成長させて資本主義システムを蚕食していくプロセスとなるでしょう。それは、ラディカルな改良主義の道です。

そこでは、(1)グローバル企業や国家に対する抵抗と要求の社会運動の展開、とくに非暴力の大衆的直接行動(デモ、集会、占拠、ストなど)の高揚、(2)望ましい社会のあり方を先取りする自治と連帯のモデルの創出と発展(食料とエネルギーの“地産地消”、助け合いと協同など)、(3)世論形成と争点設定(市民メディアなど)、(4)国会や地方議会での真っ当な立法化、(5)住民投票と国民投票、(6)よりましな政権(「緑の党」や左翼政党が参加する連立政権)の樹立、といった諸要素の複合的作用が必要になります。

 

日本社会の次元では、「脱成長」への転換(経済成長至上主義からの脱却)が鍵になります。そのためには、参加民主主義と住民自治の実現(外国人への対等な市民権の保障を含む)が必要不可欠です。次のような変革が求められるでしょう。

(1)人件費削減で競争力を高める輸出主導型の経済成長から脱却する。環境・再生エネルギー、医療・介護・教育、農業の分野で投資と雇用を拡大し、エネルギーと食料とケアの地域自給とモノ・資金の地域内循環を基礎にした経済に移る。

(2)労働時間を抜本的に短縮し、雇用を分かち合い、自由な時間を手に入れる。

(3)ベーシック・インカムを導入すると同時に、医療・介護・住まいなどの社会サービスをすべての人に保障する。

(4)富裕層とグローバル企業への課税、金融資産への課税を強化する。

 

グローバルな次元では、次のような政策や制度が必要になるでしょう。

(1)国境を越える大量のマネーの自由な運動を厳格に規制する/通貨取引税、金融取引税の導入、金融派生商品(CDSなど)の禁止、金融機関に対する監視など。

(2)競争力の向上を狙う人件費切り下げの国際的な競争(「底辺への競争」)を禁止・規制する/賃金・労働条件のグローバルな基準の設定と実行の監視。

(3)法人税引き下げの国際的な競争を規制し、法人税を引き上げる。

(4)自由貿易の原理に代わって、「公正な貿易」の原理にもとづく貿易関係を再構築する。

(5)覇権国の通貨(ドル)が基軸通貨になるシステムに代わって、国際的な協力の上に立つ共通通貨と金融支援基金を創設する。

(6)南北間の所得再分配を実行する/富裕国や巨大金融機関の債権の大幅な削減(債務帳消し)。途上国への省エネ技術支援のための基金の創設など。

(7)国籍から独立した共通市民権を創設し、移住労働者や移民に保障する。

(8)地域内循環型経済や連帯経済を発展させるために国際的な支援を行なう。

これらのグローバルな公共政策を実効的に実施するために、市民やNGOが参加し拒否権をもつようなグローバル・ガバナンスの新しい仕組みを確立する必要があります。ギリシャの公的債務監査委員会はその重要なモデルです。透明性の高い国家間の協議・協調システムを構築し、これを、国境を越える大衆的直接行動やNGOの活動によって監視し、より望ましい合意や決定に導くことが求められるわけです。

 

こんな風に私は考えています。資本主義に代わるオルタナティブ形成に向けての取り組みが地域から取り組まれていく時代になったと思います。3.11以後の反原発・脱原発の民衆運動の高まりのなかでの日本での「みどり」の政治潮流としての形成も急務です。

 参考文献としては以下のものがあります。

 吾郷健二「世界経済危機の再来」(『季刊ピープルズ・プラン』56号、2011年秋

 オルタナティブ提言の会『根本(もと)から変える』(樹花舎、2011年

水野和夫・萱野稔人『超マクロ展望 世界経済の真実』(集英社新書、2010年

小倉利丸『抵抗の主体とその思想』(インパクト出版会、2010年

 本山美彦『金融危機後の世界経済を見通すための経済学』(作品社、2009年

 白川真澄『金融危機が人びとを襲う』(樹花舎、2009年

 

                       (浜松での講演)