5回強制動員真相究明全国研究集会(東京)参加記

 

201247日、「朝鮮人強制連行と国・企業の責任」をテーマに第5回強制動員真相究明全国研究集会が東京大学の駒場でもたれ、140人が参加した。

集会では、外村大「政策と法から見た朝鮮人被動員者」、張完翼「韓国からの報告」、増田好純「強制労働という過去への取り組み・ドイツの経験から」、小林久公「韓国憲法裁判所決定と日韓請求権協定の意味」、同「強制動員資料について」、矢野秀喜「問題解決にむけての提言(強制動員被害補償立法)」、竹内「明らかになった未払い金・供託金の内訳」などの報告がなされた。

集会で提起されたことがらをまとめると次のようになる。

日韓の関係における共生・和解に向けての海流を形成し、その海流で深い部分での流れを形成すること。

募集・官斡旋による動員者も軍需会社では1943年末には現員徴用され、軍需充足会社でも1945年初めには軍需会社法が準用され、徴用扱いとされたこと、日本人徴用者には戦後、慰労金が支払われたが朝鮮人は除外されたこと。

韓国では2012年に強制動員被害の救済に向けての財団を設立する準備がすすんでいること、20137月には強制動員の歴史記念館が完成すること。

ドイツでは1939年から45年までに外国人・戦争捕虜・強制収容所被収容者ら約1350万人の強制的な動員がなされ、それに対して「記憶・責任・未来」基金の設立により、約166万人に総額436250万ユーロの支払いがなされたこと、現在では「記憶・未来」基金が人権と歴史継承の事業を継承していること。

日韓条約で外交保護権は放棄しても、個人の請求権は消滅していないことが日本政府の認識であり、被害者の損害賠償の権利はいまもあること。

企業が保管していた朝鮮人の郵便貯金については福岡貯金事務センターに集められて保管されていることがわかった。軍事郵便貯金と外事郵便貯金も同様であること。

裁判から立法による解決が求められる段階であり、強制連行・企業責任追及裁判全国ネットワークでは朝鮮人強制労働被害者補償のための財団設立に関する法律(案)を作成している。今後も立法化推進署名をすすめ、日韓共同のアピール運動をおこなうこと。

未払い金の経過をみると、戦後の供託や「経済協力」による未払い金の処理は被害者の救済にあたるものではなく、詐欺と暴力が繰り返されたことになる。2015年の日韓条約50年にあたって新たな被害者救済の枠組みが求められること。軍人軍属動員36万人を示す史料も出てきたこと。

植民地支配の不法性を政府が認めることが前提であるが、村山談話は植民地支配を反省するものであり、その立場で日韓条約を見直す方向にすすめること。

朝鮮人遺骨は合祀約700体、個別約100体が発見されているが、政府による返還はすすんでいない。遺骨返還が宙に浮いたままの状態となっている、言いかえれば魂が漂いはじめている状態であり、仏教団側は約束が違うと政府に不信感をもっていること。(以上要約)

全国研究集会では近年の真相究明ネットにおける史料調査の報告と今後の財団・基金形成にむけての問題提起がなされた。十分な討論はできなかったが、今後の方向性の確認がなされた集会だった。

焦点の一つである韓国内での強制動員財団設立の動きについて張完翼さんはつぎのように報告した。

韓国では20116月末に「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者などの支援に関する特別法」に強制動員被害の救済に向けての財団の規定が挿入され、強制動員財団の設立に向けての協議が始まった。韓国の強制動員被害支援・調査委員会が財団の設立主体となり、公益特殊法人として財団の設立が計画されている。20121月には財団設立のための準備団が構成され、委員会の事務局長が団長となった。財団の定款の検討も始まっている。財団の名称としては「日帝強制動員被害者支援財団」が候補となっているが、検討中である。財団の事業内容は支援金のほかに高齢者福祉、教育事業、研究・調査なども検討されている。韓国企業以外に日本企業も含むのかも、今後の検討課題である。2012年中には財団設立の予定で動いている。釜山の強制動員被害の歴史記念館は20137月に完成する予定である。今後、この強制動員被害支援・調査委員会がどのように存続できるのかが課題となっている。(以上要約)

このように韓国では強制動員の財団・基金が設立されようとしている。それに対応し、強制動員をおこなった日本政府と日本企業がどのような形で被害者・遺族に賠償するのか、どのようにして過去の清算に取り組んでいくのかが問われている。まず、日本政府と企業は植民地支配とその下での強制動員を不法なものと認めるべきだろう。そのうえで被害者救済に向けて具体的な行動をとるべきである。

ドイツでの強制的な動員数と「記憶・責任・未来」基金による支払い額も示されたが、日本の動員の実態はどうなのだろうか。日本の戦争において「満州」からアジア太平洋地域でどれだけのアジア民衆が日本の戦争遂行のために動員されたのか、その動員の全体像も明らかにされるべきだろう。

中国から「満州」への動員、朝鮮内外への動員、中国から日本やアジアへの動員、フィリピンやインドネシアなど南方での民衆動員、連合軍捕虜の動員、連合軍内のアジア人捕虜の日本軍への動員などさまざま戦時の強制動員を明らかにし、戦争の実相を示すこと、さらにその後の戦争被害の救済の実態についても明らかにすることが求められているように思う。(竹) 

                              

慧門「奪われた文化財」講演会

201248日、東京で慧門さんの「奪われた文化財」の講演会がもたれた。慧門さんは韓国の曹渓宗の僧であり、文化財還収委員会の事務総長を務めている。著書『儀軌 取り戻した朝鮮の宝物』も近年発刊された。今回の講演会はその出版記念も兼ねてもたれた。

慧門さんははじめに金剛経の「還至本処」を示し、あるべきところに戻すという方向性を語った。そしてそれを、文化財を元に戻すことだけでなく、真実や良心、民族を元に戻すという社会的な価値意識とし、話をすすめた。「他意により歪曲されたものを正す過程が正に文化財還収運動であり、文化財だけでなく新しい形態の社会運動」という提起は興味深いものだった。

慧門さんはソウルの王宮前の道の曲がり方、石燈、儀軌、朝鮮王朝実録、仏国寺多宝塔の石獅子、朝鮮王の兜・マントなどの事例、1965年返還文化財の実態などを示しながら、文化財の略奪の実態と還収の意義を語った。特に「小倉コレクション」の問題点の指摘は重要なものだった。儀軌返還に向けて活動してきた慧門さんの思いに触れることができる貴重な会だった。

ちょうどジャクソンポロック展が近くで開催されていた。メキシコの民衆絵画、アメリカ先住民族の表現、亡命してきたシュールレアリスト、スペインのピカソやミロなどの影響を受けながら、ポロックは自身の精神状況と格闘しつつ、独自の表現を形成した。ポロックの絵の、投げられ、落とされ、削られたさまざまな絵具と曲線が形成するアンサンブルのように、表現が重ねられ、現実が変わっていくことを願った。    (竹)