河口の工業地帯

生駒 孝子

 

 

岸に沿って幾つもの一等星のような光が放たれる

目を凝らすと、ほどなくそれは風車の存在を知らせるものだと解る

巨大な白い羽が、ゆっくりと闇を侵食しながら飲み込んでゆく

 

色を失くした風景の静寂

絵画の中にひとり取り残されたこどものように心細くなる

 

南に目を移せば、松林のシルエットがどこまでも黒く続く海岸線

夜はこんなにも暗かったのだと気づかされる

 

工場の屋根が低く続く河口の工業地帯

道を往く人影は皆無だ

分厚い鉄の扉の隙間から漏れる灯りだけが私を出迎えてくれる

 

ヘルメットにライトを取り付け、闇を取り分けて作業に掛かる

足元にわずかな動きを感じてふと目で追えば

親指ほどの蛙が私を先導して跳ねる

こんなアスファルトの上で何を求めて跳ねるのか

 

井の中の蛙 大海を知らず

工場の中の蛙は何を知らないだろう

夜は誰のもの

生駒 孝子

 

 

彼女は箱を積む ふるふると腕を震わせて

そして箱を積み上げた台車を押し始める

若い体を弓なりにキリキリとしならせながら

 

窓が夜明けの色を映し始める工場は

不夜城の光で彼女を追い立てる

 

「きつい作業も夜勤も断れば仕事ないんです」

彼女は切なく笑顔を作って力なく笑った

 

夜は誰のもの?

若い娘が母親になる夢と体を育む時間

夫婦が睦み合って、もっと親しく触れ合う心

 

夜は誰のもの?

居眠りを始めた父親の様子を窺い、

テレビのチャンネルを変える幼い姉妹の企みの目くばせ

 

夜は誰のもの?

年老いた母親の同じ話を、

初めて聞いた振りで頷くいつもの食卓

 

今夜も私は、蛍光色のベストを纏ってひとりトラックを走らせる

 

夜は誰の、