韓国の旅 201412

1216日から19日まで韓国を訪れた。日本は大変な寒波であったが、韓国も気温は低く、2,3日前に降った雪が街中に残っていた。

 

水曜集会1157

旧日本軍により「性奴隷」とされ、苦難の人生を歩まざるを得なかった女性達が、日本政府に謝罪と補償を求めて、ソウルの日本大使館前で毎週水曜日、昼の12時から約1時間、集会を持っている。水曜集会は1157回を数えていた。水曜集会は19921月からはじまり、22年も続いている。

韓国の学校はもう冬休みに入っていて、集会は小学生、中学生、高校生など若者の参加が目立った。先生に引率されてきていた20人ほどの小学生は集会の一番前の席に陣取り、皆と一緒に声を挙げていた。中学生のオカリナ演奏、高校生のストリートダンス等、出し物もいろいろあった。ハングルは全く分からないのであるが、「アベ」という言葉がたくさん出てきていた。日本の選挙で与党が圧勝したことが語られているのだろう。

この集会に参加して日本大使館に対して「謝罪せよ、謝罪せよ、謝罪せよ」とシュプレヒコールを挙げる韓国の小・中・高校生。日本では中学校の教科書から「慰安婦」という言葉が消えてしまった。将来、普通の市民が日韓の歴史を語り合い理解しあうまでには相当の時間がかかることになる。 

ハルモニ達は年老いた。今の時点で対象者は50名ほどになってしまった。早く日本政府は謝罪し、補償すべきである。                                         

水曜集会                パゴタ公園 柳寛順のレリーフ

柳寛順(ユ・ガンスン)

 1904315日、天安郡龍頭里生まれ、兄1人弟2人の6人家族。最初、父のやっていた私塾のような学校に通っていたが、13歳の時、学費免除の校費性として都会の名門校、梨花学堂(今の梨花女子高等学校)に入った。

3・1独立運動は日本にいた朝鮮人留学生によって口火が切られた。第一次世界大戦のなか、ロシア革命が起き、アメリカ大統領ウイルソンの「民族自決」に刺激された彼らは、東京・神田で独立宣言文を発表し、宣言書を密かに祖国へ持ち込んだ。

191931日はまだ少し寒かったがおだやかな快晴だったそうだ。急死した高宗の国葬のために人々が各地からぞくぞくと集まってくる31日、ソウル中心部にあるパゴタ公園で独立宣言を公表した。数千人の群衆は湧き立ち、公園から街頭へと、手に太極旗を振り、「大韓独立万歳」と、叫びながら行進した。その声はこだまし、渦巻き、ソウル市内50万人もの一大示威行進になったという。

 31日、パゴタ公園の決起集会に柳寛順は参加していない。日本官憲の弾圧を予期した学校側が、いち早く門を閉めて、生徒の出入りを禁止したからだった。寮舎の窓からその気配を読みとるだけであった彼女が、あふれる思いをぶつけるのは、3月半ば、故郷へ帰ってからであった。地域の有力者を個別に回り、独立運動の必要性を説いた。 

蜂起日は41日、場所は並川市場と決まった。当日正午3000人が並川市場に集結し独立宣言が発表された。その後、「独立万歳」を叫びながら憲兵分遣所まで示威行進した。分遣所前の広場に達したとき、憲兵隊の一斉射撃に遭遇し、旗手であった父が銃弾に倒れた。予想もつかない非常事態に、群衆は四散したが、熱気のさめない人達がふたたび分遣所に押し掛けた。そのとき、天安憲兵本部から救援にかけつけた30名程の憲兵が銃と剣で民衆に襲いかかり、母がピストルで撃たれ死亡した。殺された者19名、負傷者30名であった。

柳寛順は兄と共に逮捕され、天安警察本部に留置された。拷問に次ぐ拷問で全身傷だらけになったが、その言動は怯むことがなかった。手を焼いた憲兵は、彼女を公州の検事局へ移した。その後、ソウルの西大門刑務所に移され、19201012日、獄死した。獄中でも「大韓独立万歳」を朝夕に叫び、駆けつけた看守にさんざんな目に遭いながらも妥協と恩恵はすべて拒否した。

「韓国のジャンヌ・ダルク」と言われる柳寛順のわずか16年の生涯であった。

 

 他に、「ナヌムの家」「安重根資料館」「梨花女子高等学校」などを回った。ナヌムの家には今10名のハルモニが生活しているそうである。安重根資料館では、韓国の兵隊50名ほどの見学者と一緒になった。韓国の徴兵制は20か月間、男性のみで、女性には義務はないが、中に女性の兵士が1人いた。軍隊に行って来ると礼儀正しく、しっかりしてくると、ガイドは言っていた。韓国で徴兵を拒否すると、就職できなかったり、職にありつけても出世できないなど、さまざまな困難がある。そのようなリスクを負いながらも、軍隊に反対している若者もいる。

また韓国に行く機会があったら、次回は柳寛順の生地、堤岩教会、西大門刑務所等を訪ねたいと思う。梨花女子高等学校のすぐ近くにあるMISO劇場は2度目であったがパンソリやチャング、韓国の踊り等大変楽しいものを見せてくれる。何度でも行きたいところである。                          (池谷)