見舞い2      生駒 孝子

 

 

安全靴にぶ厚いジャンバーのまま病院へ急ぐ

とっぷりと暮れた山道はいつもより遠く感じさせる

彼はもう食事を食べさせてもらっている頃だ

しかし 今日でなければ

 

「こんばんは」病室に入ると

体格のいい若い介護士さんが

体を丸めて匙を運んでいるところだった

「これ、お食事に差しつかえなければ一口だけでも」

私は介護士にチョコレートを差し出した

「何よ それ〜?」

介護士が素っ頓狂な声を上げて驚いてみせた

彼の頬にパッと赤味が差し

すべての枷を振り払って表情が動いた

「今日はお祭りですから、それじゃ お邪魔しました」

照れ笑いを返す私に

「ほら お礼、お礼いわなきゃ」と介護士が急かし

彼の唇が「ありがとう」とゆっくり息を吐いた

 

ヘッドライトが天竜川を縁取って長く伸びている

その二本のラインは暗闇に飽きた頃

切れ切れにようやく結ばれている

掌で押し包んで渡しているように見えるのは闇のせいか

 

彼に贈ったチョコレートが

最初で最後のものとなったと知ったのは柏葉の薫る頃だった

 

迷い       生駒 孝子

 

 

トロトロと進む渋滞の列の中

視界に違和感を覚えて道端に視線を向ける

老人がひっくり返った亀のように

空に手足を向けてバタバタさせているではないか

 

どうする どうなる どうすれば

停車したらすれ違いもできない狭い道だ

納品時間は大丈夫か

あの脇道は大型車には無理だ

でも普通車ならターンも簡単にできる

これだけいるんだもの

誰か助けてやってくれないだろうか

 

車も思考もトロトロ進む

私はサイドミラーで振り返る

小さくなる老人に映像が重なって下りてくる

横転した車から延びた手に

私の手には負えない、と通り過ぎてしまったあの日

 

大きく息を吸ってサイドブレーキをひく

周りの視線を振り切って駆け戻る

「おじいちゃん 大丈夫?」上体を起こして座らせる

しかし これで放っておけるはずもない

そうだ 近くのデイサービスセンターなら助けが呼べる

職員に後を任せて渋滞の列に走る

ああ 丸投げだ

列は視界の限り長く延びている

変わらぬ後続車に頭を下げてステップを上る

前方は遠く開けて息もアクセルも弾んで進む