井戸             高橋 恵理

 

そこはかつて井戸だったという

熱帯の木々が生い茂る小さな林の中に

存在を消されたかのように

コンクリートが井戸を塞いでいる

 

私たちは静かにその場を囲んだ

道端で積んだ野の花を束にして

コンクリートの上にそっと置く

線香を数本束ねて火をつけ花束の横に添える

 

手を合わせ井戸の底に眠る死者たちに話しかける

苦しかったでしょう 恨んでいるでしょう

理由もなく家から連れ出され銃剣で刺され

二十メートルもの深い井戸の底に放り込まれたなんて

 

突然おぞましい光景が頭に浮かんだ

銃剣を構えた日本兵の姿が見える

次々と犠牲になる村の男たち 

まだあどけなさの残る少年の姿もあった

 

思わず心の中で日本兵に問いかける

ためらいはなかったのですか 悔いはなかったのですか

なぜなぜ 私にはさっぱりわからない

罪のない人たちをこんなふうに(あや)めることができるなんて

 

 

 

上官の命令だからしかたなかったんだ

ゲリラかもしれないから(や)られるまえに(や)るしかなかったんだ

日本兵もたくさん殺されたんだ

戦争だったんだからお互いさまなんだ

 

いいえ お互いさまの戦争ではなかったはず

攻め入ったのはこちらのほう

確かに命令に背けなかった一兵卒

あなたたちも一緒に地獄を見たのでしょう

 

なま暖かい風にほおをなでられふと我に返る

私たちは一人ひとり静かにその場を立ち去った

熱帯林を抜けようとしたとき思わずつぶやいた

私たちの同胞(はらから)を許してください

 

私たちは許す でも決して忘れない

遺族の声が聞こえる

忘れてはならないのは私たちの側

同じ過ちを繰り返さないために