海はどこへいった      生駒孝子

 

 

数年ぶりに海辺のバイパスをトラックで西へ走る

すぐに波間を踊る力強い光が出迎えてくれるはずだ

 

いつもの松林の向こうにその光はなかった

正確に積み上げられた防潮堤の横縞がつづく  

 

海はどこへいった

先へと急げば眼下に玩具のようなダンプカーが

フラッグの間を走り回っている

重機も盛り上げた堤を誇らしげに見上げている

 

波乗りが集う浜辺にもその工事は迫っている

東の波乗りたちの歌を思い出した

海が見えないのも怖くはないか

海のメッセージに目を閉じてしまわないか

 

海はどこへいった

海岸近く住む友人は言葉少なに呟いた

しょうがないじゃんか

 

今切れを結ぶ大橋は朝霧に天に昇る

畏れとときめきにアクセルを踏む足もたじろいだ

はるか伊良湖岬に沈みゆく夕日もまた

 

海はどこへ

臨時便          生駒孝子

 

 

製品の不具合や生産調整などで急遽仕立てられる

運送車両を臨時便又はスポット便と言う

今週私はA工場からB工場へ4トン車で2往復

1日360キロの臨時便乗務となった

 

A工場での積み込みは関連の臨時便が何台も鉢合わせ

駐車バースもリフトも足りない

「何時にどこ下ろしの指定?」と聞きあうが

どの車両も時間に余裕がない

となれば悪いが早いもの勝ちだ

待たせている運転手を横目に荷を積み込む

「落ち着け」と自戒しながら鉄の心臓が欲しくなる

 

B工場では駐車バースからフォークリフトの貸し出し

まで時間管理されている

だから定期便に割り振られた時間の隙間を縫って

作業をしなければならないのだ

B工場へは予定時間を15分過ぎて到着、荷下ろしと

同時に作業員達が奪うように持ち去っていく

空台車を積み終えるとすぐ横で駐車バース指定の

定期便が待ちかねて停車していることに気づく

「ごめんなさーい」手を振りながら飛び乗りもう1回戦だ

 

お茶をひとすすり、弾んだ息も収まればランチタイムだ

対向車の視線とおにぎりを口に運ぶタイミングを

毎度計りながらハンドルを握る

わずかでも停車して食べたいが積み込みが遅れれば

A工場からの退勤ラッシュに巻き込まれる

1時間プラスの事態だけは避けたい

 

A工場での積み込みを無事終え逃げるように出発する

交差点のカーブをじっくり歩くように曲がる

ワイド車はタイヤ幅よりも荷台が広く横揺れが大きい

コロ付き台車を載せていれば荷台の軋みが気に掛かる

荷の無事を確認すれば腰もキシキシ鳴き始める

運転手としてはだらしない話だが普段作業半分の

近距離ドライバーにはキビシイ距離なのだ

 

3度の春の嵐が過ぎ去った後の少し力強くなった

夕日に向かってトラックと走る

B工場も間近だ