10.18「明治産業革命遺産における強制動員の歴史を伝える」集会報告

 2020年10月18日、強制動員真相究明ネットワークによる「明治産業革命遺産における強制動員の歴史を伝える」集会がオンラインでもたれ、90人ほどが参加した。この集会での報告をまとめると次のようになる。(文中敬称略)。

1 明治産業革命遺産の問題

 産業遺産では、資本・労働・国際関係の視点から複合的にみるべきである。しかし、明治産業革命遺産では明治の産業化、技術導入だけが賛美され、労働や戦争などの国際関係については示されない。産業遺産では、全体の歴史を記すべきであり、戦時の強制労働についての記述は欠かせないが、明治と区分することで示そうとしない。

この明治産業遺産の物語は萩の城下町を起点とする産業化によって日本が世界で地位を確立したという成功の物語であり、それを普遍的価値としている。しかし、八幡製鐵所、三池炭鉱、高島炭鉱、長崎造船所などで戦時に強制労働がなされたのは事実である。それが示されない。

ユネスコは世界遺産を通じて心の中に平和の砦を作ることを求めている。強制労働を認知し、その現場から平和や友好を作ることが大切である。強制労働被害者は存在したのであり、その否定は許されない。事実を認めることから友好や平和が始まる。

2 日本政府の対応の問題

 日本政府は、官邸主導で明治日本の産業革命遺産を推進した。2015年の世界遺産登録に際し、「意思に反して連れて来られ」「厳しい環境の下で働かされた」と発言したが、その直後、政府担当者は「強制労働には当たらない」と発言した。また、韓国政府や被害者との対話をすすめることはなかった。 

 2015年の「働かされた」という言葉は、2017年の「保全報告書」では「支えていた」という表現に変わった。朝鮮人労働については戦前・戦中・戦後の調査とされ、中国人・連合軍捕虜の強制動員については記されなかった。

政府は産業遺産情報センターを東京に設置するとし、産業遺産の調査研究やのセンターの展示内容を産業遺産国民会議に委託した。政府から産業遺産国民会議への2016年から19年にかけての調査研究費は約5億円、2020年の運営業務委託費は約4億3千万円であり、9億円を超える金額を政府から流れている。その調査報告書の内容を情報開示したが、主たる内容での黒塗りの箇所が多い。

 日本政府は、強制労働の事実を認め、全体の歴史を展示し、関係者と対話する場を持つべきである。また、産業遺産国民会議への業務委託は止めべきである。

 3 産業遺産国民会議の問題

 産業遺産国民会議は加藤康子が専務理事となり、中心になって活動している。加藤康子は安倍晋三の友人であり、それが官邸主導での世界遺産登録につながった。当時、和泉洋人、木曽功らが加藤と共に推進役となった。加藤康子は内閣官房参与となって世界遺産登録を進め、産業遺産国民会議へと多額の委託もなされるようになった。それは利益相反の状態にあったとみることができる。安倍政治の特徴は行政私物化であるが、ここでも同様である。

産業遺産国民会議は2013年に設立された。この国民会議の目的は、産業を支えた名もなき人々の尊い文明の仕事を次世代に継承することとされているが、実際の活動では、労働者への視点が示されず、明治を賛美し、戦時の強制労働を否定する活動が目立つ。国民会議は、法人登記簿謄本では、学術・科学技術及び文化の振興、国際相互理解の促進に寄与することを目的にあげている。しかし、強制労働否定の言辞は、韓国との国際対立を生んでいる。貸借対照表などの決算書も公告しないまま、これまできていた。評議員会が開かれていない年もある。

世界遺産登録後、国民会議は、軍艦島を事例に、強制労働の、否定を宣伝するようになった。映画「軍艦島」はフィクションであるが、ドキュメントのように見なし、強制労働はなかった、地獄島ではないとする。強制動員された被害者からの聞き取りは示さず、元端島島民の「差別も虐待もなかった」という証言を無批判に示す。動員被害者の証言については細部まで批判して採用することをしないが、元島民の証言については伝聞による証言を含め、無批判に採用している。

国民会議による宣伝は、元端島島民の郷愁を利用し、観光地化に向けての都合のいい物語に過ぎないが、歴史の事実を否定するものである。そのような物語の背景には、韓国の植民地化を合法・正当とし、戦時の「東洋平和」「内鮮一体」「産業報国」「肉弾特攻」(増産強化)のスローガンを肯定する認識があるとみられる。過去の歴史を反省しないのである。

4 産業遺産情報センターの問題

産業遺産情報センターの展示は、このような国民会議の資料を使い、強制労働を否定するものになった。情報センター長は加藤康子である。展示内容は産業遺産国民会議によって作成された。その内容は「動員被害者の声を聞かない」ものである。

また、センターの見学は「コロナ対策」を口実に制限され、自由な閲覧はできず、ガイドによる見学となり、センター側がビデオ撮りをおこなって監視することがある。

加藤康子はセンター見学者の行動や発言が気に入らないと、氏名や発言内容を雑誌「HANADA」に無断で公表している。それは、公的施設のセンター長として知りえた個人情報を無断で公開する行為であり、運営者としての資質に欠けていることを示す。

情報センターは政府の施設であり、学芸員を配置しての全体の歴史の展示が求められる。産業遺産国民会議による強制労働の歴史を否定する展示は改善されなければならない。この間の展示状況は、国民会議の展示委託が失敗であることを示している。

5 数多い動員被害者の証言

 韓国での日帝強占下強制動員被害真相究明委員会設立後の真相究明の活動により、多くの証言が収集されている。委員会が出版した証言集には219件の証言が収録され、明治産業革命遺産の施設に関しては12人の証言がある。報告書類にも数多くの証言が収録されている。

 証言集には、八幡製鉄への動員者には李天求(1942年)、長崎造船への動員者には任元宰(1942年)、金鐘述(1944年)がいる。サハリンから1944年に高島炭鉱(高島・端島)へと二重動員された者には、金致龍(高島)、鄭福守(高島)、孫龍岩(高島)、文甲鎮(端島)、黄義学(端島)らの証言がある。

 サハリンからの動員者の証言には、「サハリンでは罪人扱いし、長崎では犬豚扱いだった」というものがあるが、この一言は彼らの苦痛を代弁するものである。

 委員会は、端島については、端島の死亡者火葬関係資料を分析し、さらに15人の証言を収録した調査報告書を刊行している。そこには、生存者による厳しい監視と激しい殴打についての証言がある。なかには、逃亡者が連れ戻され、拷問を受けたという証言もあり、地獄島、監獄島と呼ばれた理由がわかる。

6 対立・排斥ではなく友好・親善にむかう展示を

産業遺産情報センターでは動員被害者についての証言が示されない。長崎の市民団体の調査では、端島での徐正雨、崔璋燮などの証言が収集され、日本人の元島民のTSは、朝鮮人は1階や地下に入れられ、人間扱いされていなかったと証言している。情報センターの展示は文献記録をふまえ、証言を位置づけるという作業をおこなうことなく、「差別や虐待はない」という証言を恣意的に構成するものである。それは元島民と被害者を対立させ、日本人と韓国人を対立させることになりかねないものであり、友好・親善よりも対立・排斥に向かうものである。

長崎県議会は、2017年に明治産業革命遺産に関する意見書を採択しているが、それをすすめた議員のブログをみると、「軍艦島を守ることは日本を守ること」などと記されている。

 このように産業遺産問題をナショナリズムへと煽るものがいる。そのような展示になってはならない。日韓の友好・親善のために何かをしたいという気持ちを持つような展示が求められる。

高島炭鉱を経営していた三菱鉱業の継承企業、三菱マテリアルの中国人強制連行に関する対応をみれば、被害者による裁判闘争が起きるなか、三菱マテリアルは下請け事業所を含め連行中国人の使用者責任を認めたうえで、痛切な反省と深甚なる謝罪を表明し、和解をすすめた。2016年6月の和解合意では、一人当たり10万元(約200万円)支払い、事業所跡地への追悼碑建設、追悼のための遺族招聘などが提示された。企業がその気になれば、解決できるのである。それが友好への道となる。

三池炭鉱があった大牟田市内には朝鮮人の追悼碑が2つあり、大牟田市や三井は強制労働の事実を認め、土地を提供し、資金を支出した。世界遺産の観光地化により、不都合なことを隠したがる傾向はあるが、産業遺産としてだけでなく、「囚人労働」「強制連行」「与論労働者の権利闘争」など人権課題が見える現場としての価値があり、人権学習の学びの場として活用する方向が求められる。現場で体感することが大切であり、市民団体による人権冊子の発行(日本語と朝鮮語)やフィールドワークもなされている。

そのような活動が、ユネスコ憲章にあるような「心に平和のとりで」を形成し、友好親善の基礎となる。

今後公開される日韓の市民団体による共同サイト「日本の産業遺産 歪曲の現場と抜け落ちた真実」では、歴史否定ではなく、事実を見つめ、その過去を克服することで未来を展望するための資料を提示していきたい。                                                        (t)

集会での報告内容は以下である。

「明治産業革命遺産と強制労働」竹内康人(強制動員真相究明ネット)

「強制動員の歴史を否定する産業遺産情報センターの展示」中田光信(真相究明ネット)

「産業遺産国民会議の財務表問題について」小林久公(真相究明ネット)

「なぜ強制動員被害者の声が聞こえないのか」金丞垠(民族問題研究所)

「長崎の朝鮮人強制労働」新海智弘(岡まさはる記念長崎平和資料館)

「長崎における中国人強制労働」平野伸人(長崎の中国人強制連行裁判を支援する会)

「三井三池炭鉱と強制労働」城野俊行(前大牟田地区高校人権・同和教育研究協議会会長)  

「韓国被害者の訴え」李熙子(太平洋戦争犠牲者補償推進協議会)