6・10光復80周年記念国際学術シンポジウム 強制動員研究の回顧・懸案・展望

 

2025年6月10日、「光復80周年記念国際学術シンポジウム、光復80年、強制動員の研究の回顧・懸案・展望」がもたれた。シンポジウムでは強制動員の研究・活動に関して経過、現状、今後の観点から、第1発表、鄭恵瓊「アジア太平洋戦争被害に関する研究、成果、課題」、南相九「光復以後、強制動員の活動、成果と限界」、第2発表、宋圭振「強制動員の研究の必要性と現在的意味」、崔鳳泰「強制動員の活動がわが社会に投げかける合意」、第3発表、李元徳「強制動員の問題解決のための日韓関係の改善方向」、沈揆先「強制動員遺族活動の現況と望ましい改善方向」の報告がなされ、討論がなされた。

以下、報告で印象に残った発言を私の見解を含めて記す。

強制動員研究については真相究明のための未発掘の資料が多くあり、その収集が求められる。強制動員被害者の運動史のための資料収集が必要である。アーカイブの構築も必要である。

強制動員被害者が20年前には5万人生存していたが、今では640人となり、遺族も高齢化しているから、記憶の継承に向けての若い世代による活動が必要である。

議論の文化を定着させ正確な情報の伝達させることが大切である。韓国政府による強制動員問題に対応する機関の設立が求められる。

日本政府が強制動員を認定し、強制労働否定論を克服することが欠かせない。韓国は第3者弁済策の失敗を認め、新たな方策を策定することが求められる。強制動員被害者のための特別法(日韓政府+日韓企業=2+2)の制定が求められる。日韓両政府での新たなパートナーシップの協定も求められる。

強制動員問題を日韓対立の問題とするのではなく、植民地主義の克服の課題、人権・平和の課題としてとらえて研究・活動を進めるべきである。

         

私は第2討論に討論者として参加した。討論文を以下に記す。

 

強制動員問題解決のための論点     第2セッション討論文      

宋圭振氏の報告の概要は以下である。

1 強制動員の真相究明

 日本での強制動員研究は韓国での記録構築と調査の基礎となり、韓国の学会と市民社会で活用された。韓国では強制動員被害真相糾明委員会が設立され、強制動員歴史館が設置され、強制動員被害者支援財団が設立された。国家記録院は名簿の閲覧を可能にした。日韓間の市民社会と研究者間の連携と相互学習の結果である。

2 歴史否定の動き

 強制労働の歴史否定論は、自発的労働論、差別否定論、規模縮小論、国際法違反論、政治的フレーム論とまとめることができる。それは被害者中心の歴史的解釈に反するものであり、過去の人権侵害を軽視、歪曲するものである。強制動員は国家権力による組織的暴力であり、体制による人間の尊厳の否定であった。

3 日韓両政府の問題

強制動員は国際的基準からみて強制労働であり、重大な人権侵害である。だが日本政府の公式的な謝罪や法的な責任認定はいまもない。韓国政府の第3者弁済での金銭補償は被害者の尊厳を完全に回復するものではない。尊厳回復には加害主体の責任認定と真相糾明、真正の謝罪が欠かせない。

4 課題 人権・平和・協力

強制動員問題は現在も解決すべき課題であり、歴史否定を克服し、人権と平和、日韓協力の課題として取り組むべきである。強制動員研究は学問的活動のみならず、被害者中心の人権運動である。被害者の尊厳回復に加え、強制動員の記憶を平和の基盤とすることが課題である。日韓の相互尊重による未来志向的な関係の構築により真の和解の可能性が開かれる。この問題の解決は日韓関係の進展と和解の出発点となる。

崔鳳泰氏の報告の主な提起は以下である。

1.慰安婦問題の真相究明

慰安婦問題での河野談話は日本軍の関与、意思に反する動員、そこでの強制性を認めたものであり、真相究明、歴史教育、再発防止を示したものであった。しかし2015年日韓外交合意ではその河野談話の核心的要素は言及されなかった。河野談話発表の8月4日を日韓共同行事の日とする必要がある。河野談話の継承・発展のための財団の設立も求めたい。

2.問題解決への積極性を

日本政府は真相究明、謝罪・賠償を目的する措置をとるべきである。企業も自発的に努力すべきである。遺骨調査の3原則は人道主義、現実主義、未来志向であるが、日本政府は長生炭鉱の遺骨に関して現実主義を歪曲して「目に見える遺骨のみが対象」とみなすなど消極的である。 

3.65年日韓協定からの転換を

65年日韓請求権協定では、同協定第3条の「完全かつ最終的な解決」に関する解釈の対立がある。韓国憲法裁判所は2011年8月、解釈上の紛争を解決しない不作為を憲法違反とし慰安婦問題や原爆被害者問題などを日本政府と協議して解決するように促した。強制動員被害者の正義回復の活動は冷戦期の戦争共助の産物である日韓協定を転換させる原動力である。

4.課題 遺骨返還や共同調査による平和インフラ構築

強制動員の研究と活動を日韓の平和インフラ構築という未来志向の事業として位置づけるべきである。判決の執行だけなく、市民間の対話による解決が必要である。まず、長生炭鉱の遺骨奉還、浮島丸の資料の日韓共同調査、BC級戦犯被害者問題の解決などが求められる。

 

 上記の見解に賛同するとともに討論者の意見を記す。

1 強制動員の真相究明

 強制動員の真相究明のための資料の収集と公開は不十分である。

日本政府は朝鮮人軍人軍属名簿(1993年韓国政府に提供)を厚労省の社会・援護局援護・業務課の調査資料室に保管しているが、非公開である。厚労省の戦没者等援護関係資料の多くは国立公文書館に移管され、公開が進んでいるが、この朝鮮人分の資料は未移管である。なお、すでに移管された資料には朝鮮人の記載もある。企業内には強制動員関係の名簿類(動員名簿、供託名簿など)が保管されている可能性が高い。

日本の市民団体から韓国の真相糾明委員会に渡された資料、強制動員認定関係資料などの多くが非公開である。公開が望まれる。動員者名簿、被害者認定資料、遺品・写真などのリスト化と歴史資料としての公開が望まれる。韓国国家記録院ウエブサイトの強制動員の検索機能については、動員先に関して総合検索ができるような追加措置が望まれる。

2 日本政府の歴史否定の克服

 2021年菅義偉内閣は閣議決定で「強制連行」「強制労働」の用語を適切ではないとし、教科書からこれらの語を消した。2010年代の安倍政権下での産業遺産の世界遺産登録、強制動員韓国大法院判決などへの対応の結果である。第1に日本政府が強制労働(強制動員)を認めることが求められる。また政府自身による真相調査が必要である。

3 歴史否定の根底にある韓国併合合法論

 歴史否定論者は日本による韓国併合は合法であり、日本による統治に問題はないとする見解である。それが、自発性や差別否定、国際法違反、プロパガンダ論の根底にある。植民地主義批判の認識が欠如している。冷戦構造のなかで温存されてきた韓国併合合法論(日本統治正当化)の克服が求められる。

4 日韓請求権協定での個人請求権の認識

 日本政府は日韓請求権協定ですべての請求権を処理したいという政策的意思を持っていたが、理論的に個人の請求権を消滅させることはできないと判断し、外交保護権の処理とした。村山談話・河野談話は政府の責任と賠償には踏む込めなかった。「解決済み」と主張しても解決されていない問題がある。遺骨返還や被害回復などの諸問題についての政府間協議が求められる。

5 「目に見える」遺骨の返還を

 すでに日本各地の寺院で強制動員関連の遺骨の調査がすすみ、「目に見える遺骨」が存在する。その遺骨の返還協議をすすめるべきである。長生炭鉱などの遺骨についても日韓政府の協力・調査が求められる。

6 被害者の尊厳回復、新たな基金の形成

 尹政権による第3者弁済は訴訟に参加した被害者を分断する結果となった。日本政府と当該企業は資金を拠出しなかった。加害者が債務(賠償責任)を認知しない状態では、弁済とはならない。「加害主体の責任認定と真実糾明、真の謝罪」なくして問題の解決はない。第3者弁済の限界を認識し、転換する時である。日韓両政府、日韓企業が資金を拠出する強制動員基金の設立をめざして協議すべきと考える。

7 強制動員研究の進化を

「強制動員研究は学問的活動のみならず、被害者中心の人権運動。被害者の尊厳回復に加え、強制動員の記憶を平和の基盤とする」(宋圭振)、「強制動員の研究と活動は日韓の平和インフラ構築という未来志向の事業」(崔鳳泰)である。収集史料・被害認定資料の公開、調査研究活動の継続・強化、被害者・市民団体との対話・協働、歴史否定行為の克服など多くの課題がある。

日韓の研究者、市民団体の交流、協働が求められる。また研究第一の立場でなく、運動との協働が必要である。調査・研究を社会化する取り組みが求められる。戦争被害者の尊厳回復の枠組みは、戦争防止の力となる。

付録 日本の国立公文書館移管資料の調査から

「半島工員クェゼリン・ルオット玉砕者名簿」、「半島工員大宮島玉砕者名簿」「4施生還者関係」(芝浦)ほか     
                                                      (竹内)