あの松林を越えて 生駒 孝子
私がトラックに荷物を積むのは、
天竜川の河口に広がる工業地帯の工場のひとつだ
作業場の南、河口の東から海岸線に沿って長く続く松林は、
見る度にあの光景を連れてくる
二年前の大地震のあくる日、新聞の一面の半分を占めたあの写真
松林を大きく越えた津波が、今まさに何もかもを呑み込もうとしている
あの日あの時を迎える寸前まで、
彼の地もこんなふうに穏やかに日差しに包まれていたに違いない
「地震だ!津波だ!すぐ避難!」
地震の後程なく設置された看板に思わず聞いてみる
「どこへ逃げたらいい?」
辺りを見回しても、どこまでも工場の低い屋根が続く
その更に北には田や畑が、
海岸沿いの丘の東には老人ホームがあったっけ
この河口の工場で積んだ荷物は、
海岸から遠く離れた山の上の工場へ納品する
「休憩はこちらで取るのが上策か?
いやいや休憩を取らずに進めた方がタイミングがいいかも?」
賽の目を振るようなもんだ、と苦笑しながらそれでも毎日考える
あの松林を越えて
その日、私が目にするのは松林と共に呑まれていく己の姿か
人の頭によじ登っても助かろうとする本能か
とりあえず今は、トラックの傍らで烏が呑気に餌を啄ばんでいる
○○ラジオ「生活保護を考える」係御中 匿名希望
生駒孝子
読んでもらえるだろうか
かじかむ指をさすりさすり書いた一枚の葉書
暗闇の中で、小さなラジカセの周波数の数字だけが光る
「僕のお祖母ちゃんは一所懸命働いたけれど、わずかな年金で質素に
暮らしています。働きもせずにそれより多い生活保護費をもらっている人がいるのはずるいと思います。」
冷たい空気の刃から逃れるように、布団の中で膝を抱える
どうかどうか読まれますように
「こんなに不景気で税収も上がらず、生活保護費の受給者が増える一方では受給費カットも仕方ないじゃないですか。」
即席麺の箱がぽつんと置かれているはずの部屋の隅に目をやり
「これもカットするしかないか」と呟いてみる
どうかどうか読まれますように
「身体を壊して働けなくなりました。買い物に出かけるのも、食事を作るのも辛くて満足に出来ません。でももう少し身体が良くなれば、働いてきっと頑張って働いて生活保護費を戴いたご恩をお返しします。だからもう少しだけ応援してもらえませんか。」
がばっと飛び起き、正座をしてラジオのボリュームを上げる
掛け布団を身体に巻きつけて自分の身体を抱きしめる
瞬間私の髪は逆立ち、身体の震えが全身から光る波になって
凍てつく夜空を飛んでいく
どうかどうか