あなたに贈る詞
あなたに贈る詞を作ろう
二年間、お世話になりましたが、と
あなたがいつもの端正な笑顔で切り出した
来週一杯で転勤することになりました…
「どちらへ?」と尋ねると、
くりくりと眼鏡の奥の瞳が笑った
「東京です。」
ご栄転ね、おめでとう
あなたの会社はこんな時代にもかかわらず、
前へと攻めているからすごいわね?
そう言うと
「僕にも実はよく分からないんですが、」と、
当惑と苦笑いが返ってきた
あなたとわたしは戦友だった
一体このA3の紙に、何千文字が印刷されているの、
何を言おうとしているの、どうしろと言っているの、
一枚の書類を作っては二人で正解を探す、
そういう境遇を駆けて来たんだった
そこから離脱して、あなたは更なる混沌の中心へ
歩を進めようとしている
《企業戦士》とは、古い言葉かもしれないけれど、
たぶん全世界を相手にしてあなたは
そんなふうに、『夜』という空間のない街で
夜を眠ることを忘れる日々を送り始めるのだろう
あなたに贈る詞はわたしの祈り、
どうぞ、
その時間の中で自分を見失わないよう、損なわないよう、
ふとした折りには立ち止まり、一息つく勇気を想ってください
どんな形でも、大切なのはあなたが現実に生きていること、
あなたが生きているということ…
今回の書類は、転勤するまでには必ず持ってきます、
人懐こく笑うあなたの瞳に
よろしくお願いしますと笑みを返して、
これが別離
(二○○八・十一・六)
夏の朝の… 里 檀
既視感
確かにあの夏の朝だった
かん、と透明に晴れて、
まだ動き出しかねている街の
ひんやりとした空気の、それぞれの一隅にいて、
わたしとあなたは一瞬空を仰いだのだった
職場までいくらも距離のない街角だった
平素と何ほど変わりのない朝だった
今日の街には鎮魂のサイレンが鳴り響いているけれど
あの日の街を覆ったのは、
夏の太陽などには及びもつかない、
豪熱のま白な『波』だったね
この時以降、わたしたちは家族に会うことはなかった
家族もまた、わたしたちに再び会うことはなかったのだ
そんなことだったのだと今分かったと
あなたが言った
そうだね、
あの日にあったことはね…
(二○○八・八・一〇)
星に語る 里 檀
百の昼に千の夜を重ねて、あなたと語り明かそう
この蒼い気の海の底で、降る星を越えて、
風がその来し方を語る草原のうねりに身をまかせ、
あなた、語り明かそう
私が今ここにいる
あなたが今ここにいる
この地球の上で、この時間に、
出会っているこの不可思議を語り明かそう
ともにこの一瞬を歩いている、その奇跡を寿いで
あなた、語り明かそう、百の昼に千の夜を重ねて
(二○○八・六・一八)
エリュアール 里 檀
「灯火はいつも消えようとしている、暮らしはいつも貧しくなろうとしている、
だが、絶えることなく春は再生する、芽は暗黒から吹き出る」
ポール・エリュアール
エリュアール、
あなたの時代にもこの形であったのなら、
それならば、
(二○○七・二・一二)