悼 歌二○○六・十・二五によせて  里 檀

 

あなたの歩みを悼む

   階を行く、その歩みを悼む

 

   繰り返す、変わりのない日々のはずだった

   列車を降りて仕事に向かった朝は

   けれど、あなたは唐突に気づいてしまった

   一日を始めるというこの瞬間に

  

(あなたがどこにも、誰の内にもいないことを)

 

唖然とではなく、呆然とでもなく、

   雑踏の中であなたは足をとめ、

波打ち際の子どものように取り残された

   色を失ったコンクリートのかたまりの上へ

 

(あなたはどこにも、誰の内にもいない)

 

一歩、踏み出したのは泣いていたからではない

   まして怒っていたからでもない

   すべてが意味を含まないもので構成された世界で

   行くべきただひとつのあなたの場所を見たからだ

 

 (どこにも、誰の内にもいない)

 

   階を行き、鉄路を越え、

それからあなたは振り向き、振り仰ぐ

   悲鳴を上げながら奔流となって飛び込んで来る、

   希望という名の列車を

 

(どこにも、いない)

 

   あなたは他人に迷惑をかけたのだと世間は非難した

   なぜそんな方法を取るのだと非難した

   けれど、あなたがあなたを見失った理由など想うこともしない

   あなたがどこのだれであるかさえ説明もしない

   すでにあなたを忘れて日々を生きている

   

 

あなたの歩みを悼む

   階を行く、その歩みを悼む

   そして、

せめて今は安らぐことを祈り、

   さあ、飛び散ったあなたの魂を拾いに出かけるのだ