ケイタイの向うで

地引  浩

 

ケイタイの向うで

あなたは泣いていたのだろうか

ケイタイの向うで

あなたは絶望との縁に立っていたのだろうか

 

そうではない と思いたい

 

ケイタイの向うの

あなたの声は弾んでいた

彼の就職が決まったの

運転手だけど社会保険もあるし

来年の四月からは娘たちを引き取って

四人で暮らせる と

 

あなたたちと出会ったのは

そう ちょうど一年前

アメリカのサブプライムローンの破綻の波が

この国の工場の生産ラインにまで押し寄せて

現場のコンベアーが凍結した

そのラインで働いていたあなたたちは

いらなくなった部品と一緒に

黄色の廃棄物箱に投げ捨てられた

もう仕事はない 明日からは来なくていい と

 

あなたたちは人間でも労働者でもなかった

あなたたちはリースの生産ロボットだった

機械ができないことをする生産ロボットだった

いつでも契約解除できる 派遣というロボットだった

 

あなたたちと一緒に派遣業者を呼び出して

団体交渉をしたよね

少しだけど生活保障をさせた

ハローワークに相談して住宅資金も借りた

就職できるまでと生活保護の手続きもした

派遣村も手伝ってくれたよね 二人して

 

ケイタイの向うで

あなたは泣いていたのだろうか

たくさんの辛いことをぜーんぶ引き受けて

ひどい欝になっていた あなたが

元気なふりをしながら

手が届くかもしれないささやかな夢を

伝えたかっただけなのだろうか

 

いま

ケイタイの向うに あなたはいない

あなたのケイタイには繋がらない

あなたの弾んだ声は聞こえてこない

 

あなたの声を聞きたい

ケイタイの向うからでも 聞きたい

 

(2009.10.30)

いけないことですか

地引 浩

 

普通に働き

普通に生きていくって

いけないことですか

 

私がケイヤク社員だから

半年ごとの契約だから

それでいい のですか

 

働く日が週二日になれば

収入も半分になって

私は生活ができなくなります

 

「来月から契約が変更になるから

これにサインして

会社も大変なんだからさ」

 

私は困ってしまいます

それが嫌なら会社を辞めろ と

言うのですか

 

私は必要のない人間なんだ

それくらいしか評価されてなかったんだ

悔しい気持ちが私の身体を

ぐるぐる廻ります

 

退職金もボーナスもないけれど

会社も仕事も好きで

恥ずかしくない仕事をしてきたと

私は思っています

 

それとも

私が女だから

女だから仕事を奪ってもいいのですか

 

普通に働き

慎ましく生きていくって

いけないことですか

(2009.12.5)

冬の虹

地引 浩

虹だ 虹だよ

あなたの耳元でささやく

ほら あそこ

小さく指差しながら

虹のたもとはどうなっているのだろう と

ふと 考える

 

青い海と青い空のはずの希臘で

虹に何度も出会った

ここの冬は雨の季節だと

やっと 気がついた

 

遥かな山々も

雪の帽子をかぶって澄ましている

 

それにしても

虹のたもとはどうなっているのだろう

あの丘や森を抜けて行ってみようか

 

(2009.12.20 ギリシャにて)


ぼくらは謝らなくてはならない

地引  浩

 

今日Aさんが休んだんだけど

あなたといっしょならもう辞めると言うの

ほかの二人にも聞いたけど

Aさんが辞めるなら辞めるって

三人にいちどに辞められると

店が困ってしまうの わかるでしょ

相談だけど あなた辞めてくれない

それしかないの

 

Aさんといっしょに働くようになって

もう十年にもなる

お互いにいろいろ言いたいことあると思う

わたしだってある

だけど大人だから口に出しては言わない

どうしても嫌なことがあるのなら

なんで直接に言わないの

 

ほかの店とも考えたけど

今は空いていないし

納得はできないかもしれないけど

こっちの事情もわかってくれる?

私物は二、三日のうちにかたづけてくれればいいから

 

団体交渉はうまくいったと思っていた

だけど

ぼくらは気づいていなかった

あなたの心がどんなに痛かったのか

解雇が撤回されればいいと

あの人たちがやったことをきちんと謝らせなかった

ぼくらはわかっていなかった

 

行けなかった どうしてもダメだった

復職になったのに どうしても行けなかった

どうしてわたしが転勤になるの

あの人たちは反省なんかしていない

あの人たちはなんにも変わっていない

 

ぼくらは謝らなくてはならない

人が働くということを

働いてきたことの誇りや自負を

あなたが一番大切だったものを

ぼくらは少しもわかっていなかった

ぼくらもあなたに謝らなくてはならない

きちんと謝らなければならない

(2010.2.25)


がんばる と はりきる

地引  浩

 

わたし はりきることにした

がんばって がんばって がんばってきて

がんばりすぎて 疲れてしまったから

 

いじめはつらいけど がまんできる

だけど どうしていじめられるのか

わからないのが 悔しい

なんで わたしのことをわかってくれないの

なんで いじめて楽しいの

わたし つい考えてしまう

だから 夜も眠れなくなってしまった

薬を飲んでも 少ししか眠れないの

朝になって会社に行かなくちゃ って思うのに

身体が動かない 固まってしまって動かせない

 

だから

わたし がんばるのでなくて

はりきることにした

 

君もたいへんだね

そんなに無理して がんばらなくていいよ

がんばるのは苦しいだろ

それなら はりきってごらん

はりきれば 楽になるよ

君ならできるよ できるはずさ って

会社の窓際のおじさんが教えてくれた

うれしかった うれしかった 

わたしのことを見ていてくれていた人がいたんだ

わかっていてくれた人がいたんだ

 

だから

わたし はりきることにした

 

みんなが わたしの話を聞いてくれて

わたし 六時間もしゃべっていた

たくさん たくさん たくさん話した

たくさん話して 身体が軽くなったみたい

わたしのなかに がまんや がんばりが

石ころみたいに たくさん溜まっていたのね

今なら わたし空を飛べるかもしれない

 

わたし はりきることができる

きのうは 薬を飲まなくても眠れたのだから

きっと はりきることができる

きっと

(2010.4.30)

五 月 

地引  浩

 

朝日が林の陰から昇る前にと

ひたすらスコップを使う

「あなたのは農作業でなくて 土木工事」と

いつも つれあいが笑う

おれは土方でけっこう 

気持ちだけは まだ線路工夫なんだから

 

土の中からは赤いハサミを振り上げたヤツが飛び出し

ひきがえる ムカデも

もちろん みみず おけらも

迷惑そうな顔をして 逃げ出す

 

もう少し計画的にやらなくては と

あたまの中では 想い描くけど

いつも いつも季節ごとの作業に追われ

いっこうに上達しない

 

春先には へたくそだった うぐいすの

ほれぼれするさえずりに

あたまを上げて見廻してしまう

 

いつのまにか 百舌がいなくなり

ひよどりとむくどりの それぞれのつがいが

交互に上の空で いちゃつくので

おーい がんばれよ と声をかけるしまう

 

着古して農作業用に昇格した長袖シャツは

顔の汗をぬぐったせいで

どこかの地図になっている

 

今年も

さやえんどうも スナックえんどうも

そらまめも たくさん食べた ひとにも分けた

ひたすら 感謝 感謝だ

 

見せかけの平和に酔いしれ 

鳩山くんの政府とヤマトンチューが

またしても沖縄と辺野古を裏切った日

おれはスコップを使っている

おれも そのヤマトンチューの一人だ

 

(2010.5.28)

『告』

人命は尊い。しかしテロリストは例外でなければならない。民主主義社会の転覆を企図する輩はいかなる意味においてもこの世界に存在させてはならない。

 我がチームが開発した戦闘ロボット「ジャスティス1号」は、我が方の兵員の消耗を最小限にし、テロリストの攻撃を直前において阻止、粉砕する崇高にして困難な課題をほぼ100パーセント技術的に可能にしたと確信する。

 我がチームは本学の英知を結集し、工学部を中心とする技術系の総力を挙げて形状、彩色、動作、心理、生体反応といった多種多様なセンサーを有機的に構成し、他とは次元の異なる複合識別装置の開発に成功した。

 これを攻撃用火気、防御装備、動作・自走機器を含めて人体程度の容積に収納し、外装を人体様の不燃プラスチックで成形することで文字どおり戦闘ロボットの名にふさわしい外観を可能にした。現在、我々はアフガニスタン等において早期に実戦配備できるよう産業界との緊密な提携の下、量産体勢の実現に全力を挙げている。

 我がチームは、米、豪の軍事当局の要請に応えて組織、結成された。まさに産軍学共同の先鞭を切るものであると自負する。いかなる学問、技術も民主主義擁護という崇高な目的に奉仕するものでなくてはならないと我々は確信する。かつての「学問の自由」という妄言は結果としてテロリストの跋扈を招聘、導入することになったと歴史が証明している。

 我々は、かの「9・11」の十回目のメモリアル・デーに「ジャスティス1号」の完成を報告できることを光栄に思っている。そして更なる改良、革新に向けて本学の諸氏、諸君の奮起と協働を期待するものである。

 

平成23年9月11日 千葉大学産軍学共同推進委員会(チバ・チーム)

       
2010.9.8 朝日新聞朝刊より着想。記事によると千葉大の野波健蔵副学長(工学部教授)を代表とし、米国出身の同大特任教授らとつくる「チバ・チーム」は今年、米・豪両軍が主催するコンテスト「MAGIC2010」(優勝賞金75万ドル)の予選に参加し、研究開発費5万ドルを受け取った。市街地で非戦闘員と戦闘員を識別する自動制御の軍事ロボットの能力を競う。武器に見立てたレーザーを照射して敵を「無力化」する。同日の3面の記事には、千葉大学は07年、ロボット開発を平和目的に限るとする「ロボット憲章」を作った、とあるが。

地引 浩