さあ ここで

― Αさんの新たな門出に

地引 浩

 

これからは

楽しかったことを思い出すといい

これからは

嬉しかったことを数えればいい

悔しさと怒りを胸に

あなたは一年も会社とたたかってきたのだから

 

さあ ここで

大好きな仕事のことを話してみよう

いま ここで

たくさんの出会いについても語ってみよう

恨みや怒りよりも

あなたの笑顔が会社はずっと怖いのだから

 

いまからは

苦しかったことは想い出にできる

いまからは

豊かな出会いはあなたの誇りになる

悔しさや怒りだけが

あなたが明日を歩む力ではないように

 

(2010.9.25)

落ちこぼれ と ダニ

地引 浩

 

ダニって言ってやった

落ちこぼれ と言ってやった

ユニオンだって? なんだそれ?

カイコはムコウ? こっちの勝手

社会のクズだ オマエらは

 

  ダニってなんですか

落ちこぼれ でもいいですが

コンサルタント? ほんとうに?

コンプライアンス おわかりでしょう?

  社会のルール あるのです

 

ダニって言ってやった

落ちこぼれ と言ってやった

ユニオンなんて クソくらえ

ダンタイコウショウ なんのこと?

関係ないんだ オマエらは

 

ダニなんて言わないで

落ちこぼれ と言う前に

ユニオンとでも 向き合って

正々堂々 話しましょう

関係ないと 逃げないで

 

ダニって言ってやった

落ちこぼれ と言ってやった

地域ユニオン そんなの知るか

ホウリツマモレ そっちが守れ

すぐに出ていけ オマエらは

 

ダニって言うけれど

  働いてきました 現場でね

ユニオンだって クミアイで

ロウドウシャも 人間です

  出ていくわけには いきません

 

(2010.8.15)

その人

地引 浩

 

その人は坐っている

下水処理場の狭い軒下に 冬の雨を避けながら

駅からの道を自宅へと歩む ほろ酔いのオレは

その人をチラッと見て無言で通り過ぎる

 

その人が坐っている

道路際の垣根を背に 冬の陽で暖をとって

自宅から街へと向かう 手袋をしたオレは

その人の真っ黒な顔と擦り合わせている手を見た

 

その人は寝ている

歩道の石畳に背を丸め からっ風に晒されながら

約束の時間に急かされる 自転車のオレは

その人の長すぎる夜を想うことなくペダルを踏む

 

その人は立っている

午後の陽が当たる場所で ビニール袋を下げて

駅地下で買い物をした コート姿のオレは

その人には温かい夕餉がないことを知らない

 

その人が蹲っている

下水処理場の壁際で 少しも動かずに

細い月を見上げながら 速足で歩むオレは

その人の胸の鼓動を確かめたりはしないのだ

 

(2011.2.11)

くきたちな

地引 浩

 

和がらしを小さじ一杯ほど器に入れる

少しだけ湯を差してしっかりと溶く

器を逆さにしてテーブルに伏せる

そのまま辛みが出るまで待つ

 

待つ間に さきほど摘んできた茎立菜を茹でる

おだやかな味の菜には 優しい茎が立ち

しっかりとした味の菜には 色濃い塔が立つ

塔は黄色の花をつけ やがて実を熟させる

その伸び始めたばかりの茎をプチッと折る

それが くきたちな 春の味

 

茎立菜を熱湯に入れるのは ほんの三十秒

すぐに出して水で荒熱をとる

ざっと絞り 二センチほどに切りそろえる

 

辛みが出たからしのツンとした香りをかぎながら

少しだけ砂糖を加え醤油を差す

ざっくりと混ぜ 茎立菜を入れてからめる

春の一品 「茎立菜のからしあえ」のできあがり

 

あの人の好物でもある

 

(2011.2.28)

悪魔の火

地引 浩

 

悪魔の火がひとの浅知恵を笑う

怒りだした悪魔の火が

ひとの強欲を嘲る

悪魔の火を鎮めるために

ひとが集められる

「作業員」という名で

 

悪魔の火がひとの傲慢を笑う

怒りだした悪魔の火が

ひとの命を要求する

悪魔の火を宥めるために

ひとが集められる

「一日」四十万円で

 

悪魔の火がひとの終焉を予告する

怒りだした悪魔の火が

ひとの未来を喰いつくす

悪魔の火を眠らせるために

生贄が集められる

「被曝」要員として

 

悪魔の火をひとは甦らせてしまった

怒りだした悪魔の火に

ひとはただ弄ばれるだけ

悪魔の火を封じ込めるため

誓わなければならない 

「もう止めます」 と

 

(2011.4.1)

 

終わりのはじまり

地引 浩

 

あの日からボクたちは秘密裏にネズミ目テンジクネズミ科テンジクネズミ属モルモット種の亜種に分類され登録されたようだ。ユーラシア大陸東端の弧状列島に生息する人類でもあったボクたちは比較的隔離された環境に生息することから、特定の化学合成物質等と人類の病変との対応関係の研究に使用するのに最も適しているからだそうだ。

あの日の大地震以降、フクシマの原子力発電所から放出され続けている放射性核生成物はこの弧状列島の隅々まで拡散し、土壌、河川、大気だけでなく周辺の海中や海底にも蓄積している。その結果、ボクたちは日常的に被曝され続け、さらに摂取した食糧や呼吸した空気に存在する放射性物質を体内に取り込み蓄積させることで体内被曝に曝されている。

ボクたちが受けている生体実験については国際的な最大級の機密とされ、内容について簡単にしか公表されていないが環境に放出された放射性物質の世代的影響についてなのだという。ボクたちはフクシマ原発からの百キロ単位の距離に年間の風向、風速の積算で補正したエリアごとの集団に分類され、さらに年齢、性別、職業、生息環境を考慮してサンプリングされ今後数百年にわたって観察されるのだそうだ。ボクたちのセイフがこれまで行ってきた十キロ圏、三十キロ圏という立ち入り制限は長期的にはほとんど意味がなく、人類は少なくとも百キロ以内の地域には居住するべきではないというのが国際的評価だという。もちろんそんなことはボクたちには知らされていないので大震災からの復興計画はできるかぎり元の地域での再建を基本に進められ百キロ圏には百万人を超える仲間たちが現在生活していることだろう。このことについて欧米の研究者は「研究対象としては大いに興味をそそられる」と話している。ボクたちが人類ではなくなって研究用生物になったのだから人類に厳正に適用される「人権」という概念はボクたちには関係ないのだ。

ボクは野菜も魚も大好きだ。野菜を路地で育て季節ごとに旬になるものをたくさん食べる。季節はずれのものやハウス栽培されたものはほとんど食べない。外国から輸入された食糧だけで生活できるどこかのセレブたちとは違ってボクは研究用モルモットとしては優良な素材だろうなと自分自身も思う。

あの日はボクたちの終わりのはじまりの日だった。

 

(20011.6.1)